カード・カウンター(2021・アメリカ/イギリス/中国/スウェーデン)

監督:ポール・シュレイダー
脚本:ポール・シュレイダー
音楽:ロバート・レヴォン・ビーン/ジャンカルロ・ヴルカーノ
出演:オスカー・アイザックティファニー・ハディッシュ/タイ・シェリダン/ウィレム・デフォー 他
★★★★☆


観客の意表を突くアンチ・リベンジ・ムービー

本作の主人公(オスカー・アイザック)は、刑務所で10年間服役している間にポーカーやブラックジャックの勝率を高める「カード・カウンティング」という手法を習得し、出所後はカジノを渡り歩いて生活しているギャンブラーである。そんな彼が、軍隊時代の上官であり、同じ罪を犯しながら刑を免れた男・ゴード(ウィレム・デフォー)をカジノで偶然見かけ、さらに彼同様にゴードの部下であり、やはり刑務所に入れられた男の息子・カーク(タイ・シェリダン)に声をかけられて、ゴードへの復讐を持ちかけられる。
……という序盤のあらすじを読んで、あなたはこの先、どんなストーリーが展開すると思うだろう。カークと協力してゴードを何らかの方法でカジノに誘い出し、得意のカード・カウンティングを駆使して、ポーカーだかブラックジャックだかの勝負で、奴の全財産を巻き上げる、そんな痛快な復讐劇になるのでは?と考えても全然おかしくはない。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

ところが、そんなことには一切ならないのである。
この後、主人公はカークと行動を共にはするが、それはカークにゴードへの復讐すなわち殺害を断念させるためなのだ。自分だってゴードに恨みがあるはずなのに、なぜ彼はカークと共にゴードを殺そうとしないのか。
その理由は、言うことを聞かないカークを翻意させるための最終手段として、彼が刑務所に入れられる原因になった忌まわしい行為をカークに対して行おうとするシークエンスに隠されていると僕は思う。
その行為とは彼が、かの悪名高いアブグレイブ刑務所でゴードと共に勤務していた際に、ゴードから教えられて体得した拷問の技術によるものである。それがどんなにおぞましいものかは、彼がまず手術用の手袋を着けるところから始めるということから、だいたい想像できるというものだ。
つまり彼は、自分の手で人を傷つけたり殺したりするということが、実際はどんな行為であるのか、それが人間にどんな影響を与えるのか(それは彼の私生活をとらえたシークエンスで観客にもよく理解できる)をイヤというほど知っている男なのだ。だからこそ彼は、もちろん人ひとりさえ殺したことのないカークを力づくでも引き止めたかった。自分の側に来るな、と。たとえ復讐のためでも殺人は決して甘美なものではないと知っているがゆえに。
思うに、カークのように復讐が動機ならば殺人でも無邪気に肯定できるという人が現実にいるとすれば、その人は、動機はどうあれ殺人は殺人であり、そして殺人とは実際にはどういう行為なのかを全く真面目に考えたことがない人だろう。ごく真剣に考えてみれば――たとえ本当に憎い相手だとしても――とても自分の手で実行できるものではない、という結論に至るはずである。
それはともかく、タイトルが『カード・カウンター』で、カードカウンティングがどういう技術であるかの解説まで主人公が劇中でやるんだから、それを駆使する見せ場を作るのが常道なような気もするが、そういう常識はポール・シュレイダーには通用しないようだ。でも面白かったからいいんだが。

※2023年11月1日・6日・10日加筆修正