すばらしき世界 (2020)

製作国:日本
監督:西川美和
原案:佐木隆三『身分帳』(講談社文庫)
脚本:西川美和
音楽:林正樹
出演:役所広司/仲野太賀/六角精児/北村有起哉長澤まさみ橋爪功 他
★★★★☆


スカッとしないジャパン

『すばらしき世界』というタイトルは、当然、反語的表現なのだと観る前は決めてかかっていた。殺人の前科がある元ヤクザが主人公なんだから、刑務所から出ても世間の冷たい風にさんざん晒されてしまい、結局また犯罪を犯してムショに逆戻りするとか、ヤクザにカムバックしてしまうとか、そういった物語だろうと思っていたわけです。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

でも、その予想はあっさりと裏切られた。役所広司が演じる主人公に関わる人々は良い人ばかりなのである。身元引受人になった弁護士(橋爪功)、主人公が知り合うスーパーの店長(六角精児)、主人公を担当するケースワーカー北村有起哉)などが、それぞれ彼の社会復帰を懸命に助けようとする。例外的に、彼を単に興味深い取材対象としてしか見ていなかった(ように見えた)TV番組のプロデューサー(長澤まさみ)は早々に物語から退場してしまい、その相棒だったディレクター(仲野太賀)は仕事抜きで主人公の母親探しを手伝う。ほぼ全員善人!このままハッピーエンドになれば、正真正銘の「すばらしき世界」だ!と思ったけれども、そうそううまくはいかないのが世間というもので、主人公は、やっぱり前科も年齢も足かせになって、就職先は見つからないし、車の免許の再取得もままならない。
もともと無駄に正義感が強い上に直情径行型で、その性格ゆえに殺人を犯すはめにもなっただけに、とうとう我慢できなくなった彼は、昔から懇意にしている九州のヤクザの組長(白竜)の元へ逃げ出してしまう。あれ、ここまできてヤクザ復帰ルートなのか?と思いつつ観ていると、組長の豪邸で一息ついたのも束の間、もはやヤクザの世界も彼の安住の地にはなり得ないという過酷な現実が露わになる。
そして、組長の奥さん(キムラ緑子)に「娑婆は我慢の連続ですよ。我慢のわりにたいして面白うもなか。やけど、空が広いち言いますよ」と諭されて、彼は東京に舞い戻る。そして、ついに就職先が見つかるんですが、その現場で、ある「いじめ」とも捉えられるような事態に遭遇してしまう。
それは過去の彼ならば一刀両断、悪いのはあいつで正しいのはこいつ、と即座に判断して、カッとなって暴れていたに違いないような出来事なんですが、しかし、そんな風に白黒ハッキリつけられる問題でもないということがその直後に明らかになる。その複雑な有様に対して、彼はその場を曖昧に笑ってやり過ごす。そうして自分を自制することに成功するわけです。
彼はこの時、橋爪功や六角精児のような良き「娑婆の住人」への第一歩を踏み出したのだと思う。だけど彼の胸中は「諦め」に似たもので占められていたのではないかとも僕は思うんですよ。
キムラ緑子が言うように、確かに何も後ろめたいことがなければ、心の曇りなく晴れ晴れとした気分で、スカッとした青空を眺めることもできるでしょう。でもその空の下の、この世界のあまりにもスカッとしていない有様はどうなのよ。白黒ハッキリつけようがないことも、つけない方がいいこともあるだろう。しかしハッキリした方がいいことがあまりにも放置されすぎてはいないか?というのが最近の僕の気分でして、全く個人的見解で申し訳ないんですが、この後、遅かれ早かれ彼は、やっぱりこの「我慢のわりにたいして面白うもない」世界に絶望してしまったんじゃないか、と思えてならないんです。

※10月2日・3日加筆修正