ノマドランド (2020)

製作国:アメリ
監督:クロエ・ジャオ
原作:ジェシカ・ブルーダー 『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社刊)
脚本:クロエ・ジャオ
音楽:ルドヴィコ・エイナウディ
出演:フランシス・マクドーマンドデヴィッド・ストラザーン/リンダ・メイ/ボブ・ウェルズ 他
★★★★☆


林の中の象のように

昨日のバイト中、あまりにもヒマだったので目についたネット記事をひたすら斜め読みしていたら「ギリギリの車上生活をする非正規40代~」とかいう見出しの記事を見つけました。配信元は、いまや貧困コンテンツと言えばこの雑誌、という感じになっている『SPA!』。見出しも内容もツラいんですが、自分もまあまあの貧民なんで、この手の記事はつい気になって読んでしまう。「家賃を払うことさえできない貧困者にとっては、車上生活こそ最後の砦だ」ですってよ。この記事の取材対象の人に「いやー、ノマドですね!最先端ですね!」などと言おうものなら、その場で刺されても文句は言えないと思う。
というわけで『ノマドランド』なんですが、観た直後こそ、すごく良かったなコレと思い、ツイッターでも「本年度暫定ベスト1」などと呟きましたが、本作は観る人によっては、これは決して手放しでは褒められないなあと思わせる作品だとも思います。
なぜなら、本作の主要な登場人物は「ノマド」と自称してはいても実質的には上記の『SPA!』の記事の人と変わらない「ホームレス」状態じゃないかという見方もできるからです。しかも本作には、原作に登場する、実際にノマド生活を送っている人々が本人役で多数出演しているという事情もあり、この人たちをいかにも最先端のライフスタイルの実践者のように描くのはいかがなものか?という批判が生じても仕方がない。
この点については、ホームレス状態にある人の、他にやりようがないからやむを得ずやっている生活上の工夫や助け合いを「異文化」などともてはやすのと同様に、ノマドの車上生活をいかにも「理想的なライフスタイル」として美化して描いていたら問題ですが、そうなってはいないと個人的には思っています。確かに「ノマドの生活はすばらしい!」的なことをノマドのワークショップの参加者たちが口々に言うシーンがあったりもしますが「車が故障したらどうするのか」とか「トイレはどうするのか」といった車上生活ならではの切実な問題や、生活のためにAmazonの倉庫や国立公園のキャンプ場などを転々としながら働かなければならないというしょっぱい部分もきちんと描かれており、決して「ノマドプロパガンダ・フィルム」にはなっていない。でも、そのようには評価しないという人もいるだろうなと思います
しかし、僕がこの作品をそれでも傑作だと思うのは、主人公のファーン(フランシス・マクドーマンド)が、ある人物からの「一緒に暮らそう」というありがたい申し出を結局は断ったあとに獲得する、何かがごっそりと削ぎ落されたような表情を非常に魅力的に感じるからです。「ノマド」でも「ホームレス」でもなく、言ってみれば「修行僧」のような表情。『イノセンス』(2004/押井守)の劇中で引用された「孤独に歩め、悪をなさず、求める所は少なく、林の中の象のように」という『法句経』の一節のように世俗のしがらみから解放され、自然の中を歩み続ける聖者のようにも見える。貧困やら絶望やらをすべて突き抜けて「向こう側」に達してしまっているように思えて、憧れる一方で遠ざかりたくもなる。そんなアンビバレンツな感情を喚起する彼女の描き方にどうにも惹かれる自分がいます。