淪落の人 (2018)

製作国:香港
監督:オリヴァー・チャン
脚本:オリヴァー・チャン
音楽:オースティン・チャウ
出演:アンソニー・ウォン/クリセル・コンサンジ/サム・リー/セシリア・イップ 他
★★★★☆


自分のために他人の夢を叶えるということ

昔、上原隆の「ルポルタージュ・コラム」をまとめた本にハマって、新刊が出るごとに買って読んでいた時期がありました。「ルポルタージュ・コラム」というのは要するに取材して書くコラムということなんですが、彼の取材対象は、何かしらの苦境に立たされていたり、不遇な立場にあったりする人ばかりなのが特色です。例えば、子供が重い障害を持って生まれてきた作家、容貌に恵まれなかったために異性と付き合ったことのないОL、新宿でホームレス生活を送る男、夫に不倫されてから離婚までの経過を日記に書き続けた妻、戦力外通告されたプロ野球選手など。
そういう人々と会って、上原隆は“彼・彼女らがどうやって自尊心を保っているのか”を聴いていく。「つらいことや悲しいことがあり、自分を道端にころがっている小石のように感じる時、人は自分をどのように支えるのか?」(上原隆著・幻冬舎刊『喜びは悲しみのあとに』あとがきより)というのが、彼が追求し続けていたテーマだからです。新刊が出なくなって久しいので、今でもそのテーマにこだわっているのかはわからないですが。
さて、何故、上原隆についてこうも長々と書いたかといえば、本作を観て、彼のコラムを連想したからです。本作の主人公は、事故によって半身不随になって以来、失意の底で生活し続けているリョン・チョンウィン(アンソニー・ウォン)。電動車いすで移動することはできるものの、入浴や排泄などの介護が必要な彼は、住み込みのヘルパーとしてフィリピンから来たエヴリン(クリセル・コンサンジ)という女性を雇います。最初は言葉の壁に阻まれて、うまくいかなかった二人ですが、一緒に生活するうちにだんだん心が通じ合うようになる。そして、エヴリンが実は「写真家になりたい」という夢を諦めきれずにいることを知ったチョンウィンは、彼女の夢の実現をサポートしようとし始める。
チョンウィンがエヴリンの夢を叶えようとするのは、劇中でほのめかされている、彼女への恋愛感情のためだと捉える余地は勿論あります。でも僕はやっぱり「自分を道端にころがっている小石のように」感じてきたであろうチョンウィンの「自分を支える」ための切実な行動なのだと思うんですね。自殺することもできない絶望に打ちのめされてきた彼が、彼女の夢を叶えるために行動することによって、自分の自尊心を必死で支えようとしているんだと。そう考えれば、本作中で彼が「何故そこまでするのか?」と思ってしまうほどの「献身」を見せることにも頷けるというものです。
そして実はエヴリンもまた、チョンウィンのサポートによって夢を追うことにより、一度は失いかけた自尊心を取り戻していくのであり、ここでは、いわば理想的な「互助」の形が描かれているのだと思いました。