王国(あるいはその家について) (2018・日本)

監督:草野なつか
脚本:高橋知由
出演:澁谷麻美/笠島智/足立智充/龍健太
★★★★★


ある女優が「人殺しの顔」を獲得するまで

部屋の中で、一人の女が事務机を前にして座っている。男が入ってきて机を挟んで座り、続く二人の対話によって、女は、ある殺人事件の容疑者として逮捕された亜希(澁谷麻美)であり、男は刑事であることが判明する。亜希は幼馴染の野土香(笠島智)の娘を川に突き落として殺したのだった……。
というオープニングなので、通常の劇映画なら、この後は亜希の犯行の動機を解明していくドラマが始まるというところだろうが、次に観客が観ることになるのは、シナリオの読み合わせをする澁谷麻美と笠島智である。以降、俳優たちによって幾度となく繰り返される読み合わせやリハーサルや、ロケハンで撮影した(ように見せるために撮った?)家の外観や川などの映像が、一見ランダムに、しかし実は、観客が本作のストーリーを思い描けるように注意深く編集されて提示される。先日、購入した本作のシナリオの序文で監督が書いているように、この作品は「本番が存在しない劇映画」なのだ。
このドキュメンタリーとフィクションの混合とでもいうべき特異なスタイルをとることによって、俳優たちがいかにして自分が演じる人物になってゆくのか、その変遷がはっきりとわかるのが本作の最大の面白さである。同じ場面のリハーサルを何回も繰り返すことによって表情や声が変わっていく。亜希、野土香、そして野土香の夫・直人(足立智充)が、それぞれ、その人物でしかあり得ない顔つきや声音を持って、画面に徐々に表れてくるのを観客は観る。
三人の中でも、澁谷麻美が亜希になっていく過程には、ちょっと空恐ろしささえ覚えた。特に、野土香の娘を殺害してしまうシーン(のリハーサル)における彼女の表情は――もちろん実際に見たことはないが――殺人を犯す時、人はこんな顔をするに違いないと思わせる、凄みのあるものだった。これは是非、多くの人に観てほしい。