エンドレス・ポエトリー(2016)

製作国:フランス/チリ/日本
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
音楽:アダン・ホドロフスキー
出演:アダン・ホドロフスキー/パメラ・フローレス/ブロンティス・ホドロフスキーアレハンドロ・ホドロフスキー 他
★★★☆☆


絶対に笑ってはいけない自伝的映画

実をいうと、僕は本作を観るまでホドロフスキーの映画を一本も観たことがなかったんですよ。どうせ観たところでさっぱり理解できずに終わるに違いないと思って敬遠してしまっていて。でも映画について、なんやかんや好き勝手なことを書き倒すブログをやってるくせに、もはや古典といってもいいホドロフスキーを全スルーしたまんまじゃ「ただのニワカじゃねえか」と罵倒されても仕方がない。そこで思い切ってホドロフスキー童貞を捨てに行きました。
作品についての情報を何も仕入れずにいきなり行ったので、本作が前作『リアリティのダンス』の続編だということも自伝的な作品だということも何も知らないまま観たんですが、まさかの全力で客を笑わせにかかってくるスタイルの作品だったので驚愕しました。以下、僕にとってツボだったポイントを列挙します。
・セリフが全部、オペラ調の歌になっているホドロフスキーの母。この人がセリフを言う時だけ、いちいち劇伴が流れる。
・母方の一族が全員見るからにろくでもない奴らばかりで、ある日そいつらにコケにされたホドロフスキー少年は「クソ一族、死ね!」などと叫びながら何故か庭の木に八つ当たりした挙句、出奔。
・「私は成長した」というナレーションの後、それまで少年だったのに急に青年になって現れるホドロフスキー
・青年ホドロフスキーが真夜中に怪しげな酒場に行くと、真っ赤な髪にかなり立派な体格の女詩人が登場。ホドロフスキーはこの女と付き合うことになるが、付き合うために彼女が出した条件は「処女はあげないけど他は何でもしてあげる」とか「一緒に外出する時は常にあんたの一物を握らせて」とかで、しかもそれらを全て実行するので完全にヤバい。
・実写版ルパン三世みたいな顔をしたエンリケという詩人と意気投合したホドロフスキーは「詩は行動だ!」というスローガンのもと「男塾」みたいに前方に何があろうとまっすぐ進むという奇行をおっ始めたり、詩の朗読のつどいに招かれたのにパンクバンドみたいに生肉だの生卵だのを聴衆に投げつけてとんずらしたりとやりたい放題。
エンリケに捨てられて死にたいと嘆く彼女を慰めているうちに一発やる流れになり、いざという時にエンリケが帰宅。それなのに「杯は空けてしまおう」とか言ってしっかりやることはやってしまうホドロフスキー。当然エンリケとは絶縁。
・唐突にサーカスにピエロとして登場したホドロフスキーは、「友人の彼女とセックスしちゃった」おまけに「彼女の子供は俺の子供かもしれない」でも「最悪だけど笑っちゃおう!」という、ちょっとどうかと思うポジティブシンキングを満場の観客の前で披露したあと「あ、俺やっぱり詩人だわ」と急に全裸になり、チンチン丸出しのまま観客に、ライブ中にダイブした奴みたいに運ばれる。
ホドロフスキーエンリケ、彼の元彼女と彼女にしつこく言い寄っているウェイターの四人が一堂に会し、最終的には何故か全員でハグして仲直り。
・この映画の舞台であるチリに軍事政権が誕生したのを機に、パリへ向かう決心をするホドロフスキー。港に行くと父親が止めようとして追ってくる。言い争いの後、もみ合いになり、倒れた父親に情け容赦なく蹴りを入れ続けるホドロフスキー。いくらそりが合わないからってひどすぎる。
こんな感じです。
まあ、たぶんですが僕はこの作品を全く理解できていないと思う。でもいいんです。面白かったので。