メッセージ(2016)

製作国:アメリ
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ハイセラー
音楽:ヨハン・ヨハンソン
出演:エイミー・アダムスジェレミー・レナーフォレスト・ウィテカーマイケル・スタールバーグ 他
★★★★☆


受け入れがたい傑作

冒頭からネタバレしていますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。


この作品は、一見して、あたかも主人公の言語学者であるルイーズ(エイミー・アダムス)が、様々な娘との思い出を時折回想しつつ、地球にやってきたエイリアンとの意思の疎通という難問に取り組む姿を描いているかのように見えるので、観客は、フラッシュバックでたびたび挿入される娘とのシーンは、当然主人公の過去の経験だと思ってしまうんですが、実は彼女は「未来の経験を回想している」んですね。
どうして、そんなことができるのかというと、それは本作に登場するエイリアン「ヘプタポッド」たちの「時間の認識能力」に関わっています。
「時間」というものを過去から未来へと流れる川にたとえれば、地球人は川の中にあって流されている木の葉のようなもので、常に現在しか認識できず、現在は一瞬後には過去となって過ぎ去ってしまい、未来のことは全くわからない。つまり過去については記憶もしくは記録するしかなく、未来については予測するしかない。
「ヘプタポッド」たちもまた、時間という川の流れの中にいるのは変わらない。しかし同時に彼らは岸辺から川を眺めるように過去・現在・未来を同時に俯瞰することができるんです。しかし介入することはできない。なぜなら映画の終盤で、ルイーズたちとの「交渉」を担当してきた「ヘプタポッド」の「アボット」だか「コステロ」だか(「アボット」と「コステロ」はルイーズたちが付けた愛称)のどちらかが死ぬんですが、それも当然知っていただろうに防げなかったことから、そう解釈できます。
つまり、この作品内では「時間の流れというものは過去から未来まですべて確定している」ということになっている訳です。
そもそも「ヘプタポッド」たちが何故地球にやってきたかというと、3000年後に「ヘプタポッド」たちを襲う危機とやらを回避するために地球人の協力が必要だから、という理由なんですが、その訪問が(仲間を一人失いながらも)成功することも、それによって危機を回避できることも、すべて「決まっていること」だからこそ彼らはやってきた訳だし、主人公も、彼らの言語を学ぶことにより、彼らのような時間についての認識能力を手に入れたことで、若くして病死する運命にある娘が産まれることが「決まっていること」だと知ってしまいつつも、それを受け入れて、この事件で知り合った数学者(ジェレミー・レナー)と結婚する。
こういう「時間」の捉え方、そしてそこから生じる人生観というのが、僕にはどうにも受け入れがたいんですよ。何故かは知らん。ただ、「違うんじゃないかなあ」と言いたい。いや、そもそも僕の解釈が間違っているのかもしれませんが。
しかしながら、SFというジャンルの映画としては文句なしの傑作と言わざるを得ないくらいの面白さを感じたのも事実でして、そういう何かとても複雑な気持ちになる作品でした。