ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(2019)

製作国:アメリ
監督:マイケル・ドハティ
原案:マックス・ボレンスタイン/マイケル・ドハティ/ザック・シールズ
脚本:マイケル・ドハティ/ザック・シールズ
音楽:ベアー・マクレアリー
出演:カイル・チャンドラーヴェラ・ファーミガ/ミリー・ボビー・ブラウン渡辺謙チャン・ツィイー 他
★★☆☆☆


GODZILLAを崇めよ」とマイケル・ドハティも言った

GODZILLA ゴジラ』(2014)および本作の内容に触れておりますので、未見の方は鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

2014年公開の『GODZILLA ゴジラ』(監督:ギャレス・エドワーズ)について、僕はこんなレビューを書きましたが、この内容は本作にもほとんどあてはまります。違いと言えば「核」というものについて、ギャレス・エドワーズが何事か語ろうとして失敗しているのに対し、マイケル・ドハティはそもそも語ろうとさえしていないという点ですね。何しろ、せいぜいゴジラの「目覚まし」代わりに使うくらいだから。でも、怪獣バトルをガンガン見せることに軸足を置いている本作においては、その姿勢は正解だったとは思います。
では、前作よりましだったのかと言えば、むしろ「人間ドラマ」パートについて言えば、さらに質的に悪くなってしまい、「ちょっと何言ってるのかわかりません」というレベルになってしまっている。
環境テロリスト」のチャールズ・ダンスに協力して、世界各地にある秘密機関「モナーク」の基地を襲い、ラドンモスラキングギドラなどの怪獣たちを解き放つヴェラ・ファーミガは、前作でゴジラが暴れたせいで息子を亡くしてるんですけど、そういう人が怪獣を解放する動機が「地球の環境悪化を食い止めるため」って言われてもねえ、完全に理解不能ですよ。その夫のカイル・チャンドラーが、初めは愛する息子の仇であるゴジラを(当然のことながら)すごく殺したがってたのに、なし崩し的にゴジラ寄りになっていくというのもいまいち理解できない。
というか、そもそもゴジラによる犠牲者の家族を本作に絡ませる意味がさっぱりわからないんですよね。上記のように本作の目玉はあくまでゴジラと、ラドンキングギドラとのバトルなんですから「ゴジラに息子を殺された」なんていう設定は観客にとってはノイズにしかならないじゃないですか。
それに、別にこの家族が登場しなくても、芹沢博士をはじめとする「モナーク」のメンバーとチャールズ・ダンス率いるテロリストたちだけで同じ話を十分展開できる。だいたいこの作品における人間たちって、怪獣を目覚めさせた後は、あっちへラドンを誘導したりこっちへキングギドラを誘導したりと、いわば怪獣バトルの「マッチメイク」しかしていないんですから。
まあ、そういう訳で本当に「人間ドラマ」については何故こんなことになったのか「謎」としか言いようがないんですけど、怪獣たちの描写は本当に素晴らしい。まさに「見たかった絵」を見せてくれたという点については、これは評価せざるを得ない。ただ最後の「ライオン・キング」みたいなシーンはやりすぎだなあと思いましたが。