岸辺の旅(2015)

製作国:日本/フランス
監督:黒沢清
脚本:宇治田隆史/黒沢清
音楽:大友良英/江藤直子
出演:深津絵里浅野忠信小松政夫蒼井優 他
初公開年月:2015/10/01
★★★★☆


ある意味、究極のホラー映画

観終わった直後こそ、ある夫婦の極めて静謐なラブストーリーとして受け止めて、素直に感動したのだが、日が経つうちに、それより何よりホラー映画的にものすごい達成が成されている作品だなあという別種の感動が、当初のそれを上回ってしまった。
確かに、深津絵里が演じる瑞希とその夫・優介(浅野忠信)が、「夫が生きていた頃の軌跡」をたどる旅を通じて、一度は失った愛を取り戻すというストーリーには本当に心を震わされたのだが、この作品の中の世界では「死者が何の前触れもなく生前とほとんど変わらない姿で帰還することが可能とされている」という点を意識してしまったら、感動を上回る、この上ない恐怖がじわじわと湧いてきたのである。
ピンと来ない人は、ちょっと想像してみてほしい。死んだはずの肉親が、家族が、あるいは友人知人などが、ある日突然、あなたの住んでいる家のキッチンに現れて、生きていた頃と同じようにあなたに話しかけてきたり、愛情を示したりする様を。あなたが、彼・彼女らが生きていた時と同様に親愛の情を持っているなら、それは大変に喜ばしい奇蹟だろうが、その逆だったらどうだろう。やっと死んでくれたと内心ホッとしていたような、むしろ死んでくれてスッキリしたと思っていたような人物が出現したとしたら?
本作の監督である黒沢清の著書「映画はおそろしい」(青土社)には、以下のような文章がある。
「塀の向こうに黒い人影が立っている。よく見るとそれは死んだ友人のようだ。あっと驚く。次の瞬間その人影は消えている。さあ、あなたはこの恐怖をどうやって克服するか? はっきり言って、少なくともあなたが生き続ける限り、このこわさから逃れる術はない。あなたの人生はこの時をもって大きく変質してしまったのである。たとえ災難が去ろうとも、いや災難なんて何ひとつ起こらないかもしれないが、しかし死者の影は宇宙の果てまで逃げてもあなたにまつわりついてくる。」
本作は実に、その「人生を変質させる恐怖」が、夫婦の愛の物語の影にぴったりと貼りついた、ある意味で究極のホラー映画として観ることもできる作品なのである。深津絵里が、この先いつまた帰ってくるかもしれない浅野忠信に、いつしか怯えるようにならないと誰が言えるだろう。