裏切りのサーカス(2011)

製作国:イギリス/フランス/ドイツ
監督:トーマス・アルフレッドソン
原作:ジョン・ル・カレ
脚本:ブリジット・オコナーピーター・ストローハン
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ゲイリー・オールドマンコリン・ファーストム・ハーディジョン・ハート 他
初公開年月:2012/04/21
★★★★☆


彼が「もぐら」を狩った理由

英国情報部(通称「サーカス」)の上層部に潜伏し、長年にわたって情報をソ連に流し続けてきた二重スパイ「もぐら」を搜索する――というストーリーにもかかわらず、この作品の最大の謎は「もぐら」の正体ではない。むしろ、主人公であるジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)の「動機」こそが最も不可解な「謎」なのである。
そもそも何故、彼は「もぐら狩り」を引き受けたのか。
政府の高官に命令されたから? しかし作品の冒頭、情報部の長だったコントロールジョン・ハート)の失脚のとばっちりを喰って、共に辞職を余儀なくされたスマイリーには、もはや英国政府の誰の命令であろうと従う義理も責任もない。彼はもうスパイではないのだから。
では国家への忠誠心がそうさせたのか? それは有り得ない。かつて今回の「もぐら」の黒幕でもあるソ連の大物スパイ・カーラと一度だけ対面した体験をピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)に語るシーンで、スマイリーはカーラを転向させようとするあまり「どちらの体制も忠誠を誓うに値しないことはお互い知っているだろう」というような意味のことを言ったと打ち明けているのである。彼の中では既に忠誠心などというものは失われて久しいのだ。
では何故なのか。鍵は、繰り返し回想される、ある年の「サーカス」内で催されたクリスマスパーティーの情景にあるのではないかと僕は思う。そこには、スマイリー自身はもちろんのこと、その頃はまだ健在だったコントロールも、「もぐら」の正体に近づき得るヒントをつかんだために退職を強要された女性職員・コニー(キャシー・バーク)も、「もぐら」が情報を漏えいさせたために作戦中に撃たれたビル・プリドー(マーク・ストロング)もいて、皆楽しいひと時を過ごしている。そして当の「もぐら」も何くわぬ顔をしてパーティーに参加している…。
かつて確かに存在した「サーカス」のつかの間の良き日。その記憶を汚した「もぐら」への怒りこそがスマイリーの動機なのではないだろうか。スパイではなくなって、一人の老人となった彼は、だからこそ自らの人生の数少ない美しい記憶を汚されたことが許せなかったのではないか。
だから、本作は優れたスパイ映画であると同時に、一人の老人の密やかな復讐劇ではないかとも思うのだ。