ダークナイト ライジング(2012)

製作国:アメリ
監督:クリストファー・ノーラン
原案:クリストファー・ノーランデヴィッド・S・ゴイヤー
脚本:ジョナサン・ノーランクリストファー・ノーラン
音楽:ハンス・ジマー
出演:クリスチャン・ベイルゲイリー・オールドマンアン・ハサウェイトム・ハーディ 他
初公開年月:2012/07/28
★★★☆☆


ダークナイト ライジング』が生まれた夜

以下、多少ネタバレしてますので、鑑賞後にお読みいただくことをオススメします。


その日の深夜、したたかに酔っ払って、ホテルの自分の部屋に帰ってきた彼は、部屋に入るなり強烈な吐き気に襲われて、慌ててバスルームに飛び込んだ。
胃の中のものを洗いざらい吐いてしまったあと、洗面台で念入りに口をすすぎ、コップで何杯か水を飲むと、ようやく落ち着いた。
ふと鏡を見ると、憔悴した顔の中年男がこちらを見返している。
なんて顔をしてるんだ、と彼は思った。まるで次回作にスタジオからGOサインをもらえない映画監督みたいな顔じゃないか?
しかし、それはまぎれもなく現在の彼自身の状況なのだった。今日のミーティングでもスタジオ側は、ついに首を縦に振らなかった。逆上した彼は、彼の弟と相棒を連れて、ついさっきまで飲み歩いていたのである。
スケジュールでは2週間前にはシナリオが完成していなければならなかったというのに、この体たらくだ…。クソッ! 彼はまた胸がむかつくのを覚えたが、それは吐き気ではなく怒りのためだった。どいつもこいつも糞くらえだ! ワーナーのアホも、DCのオタク野郎もまとめて地獄に堕ちればいい…。
気がつくと彼は、部屋に用意させたデスクの前に座り、またウイスキーを飲んでいた。シラフで、こんな仕事をやっていられるものか。コウモリ男の映画のストーリーを考えるなどというふざけた仕事を…。


彼の弟が考案したプロットに彼は未だにこだわっていた。それは「オキュパイ・ウォールストリート」にヒントを得たもので、クライマックスでは悪人の扇動によって貧困層に属する住民たちが大規模な暴動を起こし、証券取引所や銀行が襲われ、無政府状態となった都市で富裕層狩りが始まる――つまり、本来なら守らなければならない対象である市民と、ヒーローが対峙しなければならなくなるという物語だ。
彼は大いに気に入り、最初のミーティングで自信満々でプレゼンしたものだった。ところがスタジオの連中の顔色は冴えなかった。奴らは検討させてもらうと言って席を立った。――次のミーティングで別のプロットを求められた時、彼はすぐに勘づいた。こいつらは株主どもの機嫌を損ねるのが怖いんだな。
それが迷走の始まりだった。彼の相棒は、ベインという悪役を軸にした第一作の続編的なストーリーを提案した。それに対してスタジオは、それよりキャット・ウーマンと主人公の恋愛を描けと要求してきた。彼の弟は、主人公はラストで死ぬべきだと主張した。一方、DCは、それは如何なものかと言い出した。ミーティングはしばしば罵り合いの場と化し、中止を余儀なくされることもしばしばだった。
そんなことが、もうかれこれ一年も続いている。


ボトルが空になってしまったが、彼は全く酔っていなかった。彼は突然悟ったのだ。――俺たちはついに『ダークナイト』を超える物語を生み出せなかったのだ、と。
となれば、打つ手はひとつしかない。
彼は、恐らくどこかで泥酔してひっくり返っているであろう彼の相棒と、彼の弟の携帯に同じ文面のメールを送った。
「明日、目が覚めたらホテルの僕の部屋に来てくれ。連中の要求を全部飲むことにする。それしかないからな」
そうともそれしかない、と彼は自分に言い聞かせた。キャット・ウーマンとの恋愛も入れるし、ブルース・ウェインは殺さない。全部奴らの言うとおりにしてやろう。しかし俺たちがこだわった「オキュパイ・ゴッサムシティ」も絶対に入れてやる。もうこうなったら今まで思いついた良いアイデアは全部突っ込んでやる! つじつま合わせは我が愛する相棒・ゴイヤーに任せよう。後は野となれ山となれ、だ――。
ベッドに横たわって、天井を眺めながら彼は考えた。この作品が片付いたらロンドンの実家に戻って、また007のプロデューサーと会おう。コウモリ男の物語はもううんざりだ。でもリブートした新作のプロデューサーの話は受けよう。そして誰だかわからないが、その作品の監督に選ばれた不運な男をいじめて鬱憤晴らしをさせてもらおう。誰だろうと『ダークナイト』以上のものを作れっこないんだからな。何しろ作った本人が超えられなかったんだから…。


――以上は全部、僕の妄想ですが、例えばこんな成り行きで、この作品が誕生したのだと考えれば、その内容のカオスっぷりも腑に落ちるというものです。まあ、退屈はしなかったですが。