スカイ・クロラ The Sky Crawlers

大人になる方法を忘れてしまった僕らに届かなかった伝言

思春期の状態から成長せず、戦死しない限り死ぬこともない「キルドレ」たちによって“ショーとしての戦争”が行われている世界。戦争請負企業ロストック社に所属する戦闘機パイロット・函南優一(声・加瀬亮)はヨーロッパの前線基地「兎離洲(ウリス)」に配属される。彼は、そこで出会った謎めいた女性司令官・草薙水素(声・菊地凛子)に徐々に惹かれていく。そんなある日、ライバルであるラウテルン社を相手に大規模な作戦が開始されることになるのだが……。


「大人」というと、連想するのは(別に自慢する訳でもなく)僕の父親だ。
父は、ある食品会社の営業職だった。サラリーマン人生の(ほぼ)全てを同じ会社に捧げ、定年後も嘱託で5年ばかり勤めた。ヘビースモーカーで、銘柄はハイライト(たぶん今も喫っている)。さらに酒好きで晩酌は毎晩欠かさなかった(今も欠かしていないだろう)。彼は、テレビは野球と大相撲と「笑点」しか見なかった、に等しい。本は漫画でさえ読んでいるところを見たことがない。ついでに書くとチン●も立派にムケていた(幼い頃、一緒に風呂に入った時に確認済み)。
「つまんなくてもガンガン生きる」という松尾スズキによる定義に則れば、我が父は、堂々たる「THE大人」である。
もっとも別にうちの父が特別だった訳ではなく、僕がガキの頃は、こんなオヤジが圧倒的にマジョリティーだった。大人というものは、健康など気にせずに酒を飲み、タバコを喫い、アニメなど見ず、漫画も読まず、ひたすら仕事をする生き物だったのである。
さて、時は流れて21世紀の現在、僕を含めて、いったい誰が胸を張って「私は大人です!」と言えるだろうか。
思えば、父の時代は事情はシンプルだった。成人式や、就職や、結婚や、童貞あるいは処女喪失が「大人」への通過儀礼として、まだ機能していた。
それらは今となっては何一つ「大人」を保証してくれるものになり得ない。成人になろうが就職しようが結婚しようがチン●をマン●に入れたり入れられたりしようが、僕らはどうしようもなくガキのままなのだ。
いくつになっても僕らは「ガンダム」だ「エヴァ」だとアニメにうつつを抜かし、コミケに参加し、漫画の単行本を買い揃え、フィギュアに夢中になり、ゲームに没頭する……それらがどこまでも許されてしまうが故に。
つまり「ここから先は大人」という大人になる(させる)ための境界線が、いつからか消失してしまったのである。以来、この国は、いわば「永遠の思春期」を生きる人々で溢れることになった。そして、それは実は、とても不幸なことではないだろうか。なぜなら大人になれないままでいるということは「成熟できないまま生きる」ということだからだ。一生未熟で、不安定な自分のまま生きるということ。こんなに苦しいことがあるだろうか。
そう、「キルドレ」たちの苦しみは、僕たちの苦しみでもある。だからこそ、僕はこの映画に不満を持っている。
僕は「今の大半の日本人は大人になる道を見出せない」という問題に焦点を当てて、この映画を作ってほしかったのだ。「僕は今、若い人たちに伝えたいことがある(予告編より)」と言うならば、現代の日本で、この問題以上に押井守が言及するべきことがあると思えないからだ。この国の「永遠の思春期」を成立させているサブカルチャーの担い手の一人として、是非とも何かを言ってほしかったと思うのである。