ウォンテッド

皮肉な「アナザー・マトリックス

上司にはにらまれ、恋人は友人と浮気中……そんな冴えない日々を送るウェスリー(ジェームズ・マカヴォイ)の前に、ある日、謎の美女フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)が現われる。その直後に始まった激しい銃撃戦に巻き込まれたウェスリーだったが、フォックスに守られて九死に一生を得る。そして彼は自分の出自についての秘密をスローン(モーガン・フリーマン)という男に聞かされる。ウェスリーの父は、実は「フラタニティ」という古代から続く暗殺組織の一員であり、裏切り者に殺されてしまったのだというのだ。さらに自分にも暗殺者の素質があると知らされたウェスリーは、潜在能力を覚醒させるため、強烈な特訓を受けることになるのだったが……。


この作品、どう観ても『マトリックス』を意識している。というより、これはティムール・ベクマンベトフ監督による「俺流マトリックス」だと解釈していいのではないか。ダークスーツのおっさんが、高層ビルの窓を突き破って飛び出しながら、向かいのビルの屋上の狙撃者たちを射殺するシーンは、いやでも『マトリックス・リローデッド』の冒頭を思わせるし、弾丸の軌道を曲げたり、発射された弾丸同士が衝突したりする場面も、いかにも『マトリックス』風だ。だいたい、暗殺者になることを決意したウェスリーが、ネオ風のサングラスをかけようとして、「やっぱやめとくか」というシーンまである。これは、いわば「本家」に対する目配せだろう。
しかし、ダメなリーマンが暗殺者になってサクセスしました……というだけの話だったら「本家」の単なるパクリだが、この作品は、なかなか皮肉なツイストが効かせてある。
「本家」における主人公ネオは、モーフィアスたちの言うことを信じて「マトリックス」の世界を脱出し、「本当の現実」に生きることを選び、最終的に救世主にまで昇りつめる。だが、こう考えてみたことはないだろうか。ネオが「本当の現実」だと信じた世界もまた「マトリックス」だったとしたらどうなる?
ウェスリーはスローンの言うことを素直に聞いて、新しい現実を手にした途端に、それは罠だったと知ることになる。みじめな「マトリックス」から抜け出したと思ったら、新しい「マトリックス」に入り込んだだけだったという訳だ。
結局、他人の話を鵜呑みにして、自分の人生を決めるなんて、自分からカモにされに行くようなものだ(だから自分の人生くらい自分で選べ)−−それがこの作品のテーマである。自己啓発セミナーとか、その手の本が大好きな「自分探し」中の人におすすめ。