トウキョウソナタ

全ての「パパ」に捧げる最強恐怖映画

佐々木家は一見ごく普通の4人家族。しかし平凡なサラリーマンの父・竜平(香川照之)は、ある日、あっさり会社をリストラされてしまい、その事実を家族に伝えられず、家を出ては、公園などで時間をつぶしている。また母・恵(小泉今日子)は、やり場のない不満と虚無感を募らせていた。一方、大学生の長男・貴(小柳友)は、突如としてアメリカ軍への入隊を志願し、小学生の次男・健二(井之脇海)は家族に内緒でピアノ教室へ通い続けていた。こうして家庭崩壊への道を歩み始めたかに見えた佐々木家だったが……。


あらすじだけ読めば、山田太一脚本のホームドラマかと思うような内容だが、この作品には、黒沢清がこれまで作ってきたホラー映画と同じ空気が立ち込めている。それはとりもなおさず、この作品もまた、ある視点から観ればホラー以外の何物でもないからだ。
その視点とは、「父親」のものである。この作品で、香川照之はリストラされてもなお、必死になって父親の威厳を保ち、家族の中心であり続けようとする(そのために子供に暴力まで振るう)のだが、その努力はことごとく無駄に終わる。
小泉今日子と子供たちが、水面下ではしっかりと結びついているのとは対照的に、彼は、ただ「一家の大黒柱たる父親」という役柄を与えられているだけで、実は一家の中ではとっくに孤立した存在なのだ。そして、その役を演じられなくなったら、完全に家族から見捨てられてしまうに違いない−−香川照之はその恐怖と必死に闘う。ハローワークに日参し、あくまでもリストラされたことを秘密にし続ける。毎日が神経をとことんすり減らすような綱渡りの日々に変わる……。
そう、この作品は、まさに「お父さんのための恐怖映画」なのだ。しかも、ここで描かれる状況は、この時代においては、いまや誰の身にふりかかってもおかしくないのである。ある意味、これまで黒沢清が作ってきた映画の中で最も怖ろしい作品かもしれない。ラストに希望の光がほの見えるとはいえ。