カード・カウンター(2021・アメリカ/イギリス/中国/スウェーデン)

監督:ポール・シュレイダー
脚本:ポール・シュレイダー
音楽:ロバート・レヴォン・ビーン/ジャンカルロ・ヴルカーノ
出演:オスカー・アイザックティファニー・ハディッシュ/タイ・シェリダン/ウィレム・デフォー 他
★★★★☆


観客の意表を突くアンチ・リベンジ・ムービー

本作の主人公(オスカー・アイザック)は、刑務所で10年間服役している間にポーカーやブラックジャックの勝率を高める「カード・カウンティング」という手法を習得し、出所後はカジノを渡り歩いて生活しているギャンブラーである。そんな彼が、軍隊時代の上官であり、同じ罪を犯しながら刑を免れた男・ゴード(ウィレム・デフォー)をカジノで偶然見かけ、さらに彼同様にゴードの部下であり、やはり刑務所に入れられた男の息子・カーク(タイ・シェリダン)に声をかけられて、ゴードへの復讐を持ちかけられる。
……という序盤のあらすじを読んで、あなたはこの先、どんなストーリーが展開すると思うだろう。カークと協力してゴードを何らかの方法でカジノに誘い出し、得意のカード・カウンティングを駆使して、ポーカーだかブラックジャックだかの勝負で、奴の全財産を巻き上げる、そんな痛快な復讐劇になるのでは?と考えても全然おかしくはない。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

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2023年9月の鑑賞記録

『バービー』TOHOシネマズ新宿 '23・9・1
『ビッグ・トラブル』(ジョン・カサヴェテス特集)ストレンジャー '23・9・10
『福田村事件』ユーロスペース '23・9・12
『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』新宿ピカデリー '23・9・13
『ア・チャイルド・イズ・ウェイティング(愛の奇跡)』(ジョン・カサヴェテス特集)ストレンジャー '23・9・16
『ミニー&モスコウィッツ』(ジョン・カサヴェテス特集)ストレンジャー '23・9・16
『トゥー・レイト・ブルース(よみがえるブルース)』(ジョン・カサヴェテス特集)ストレンジャー '23・9・24

『ビッグ・トラブル』のラストには「NOT THE END」という字幕が出る。つまり「終わりではない」ということである。これは「この映画はここでとりあえず終わりますが、登場人物たちの人生はこの後も続いていきますよ」という意味での「終わりではない」だと解釈している。
「NOT THE END」で終わるのは『ビッグ・トラブル』に限らない。今年の6月から先月にかけて、ジョン・カサヴェテスの全監督作品を観てみて、彼の作品はどれも『ビッグ・トラブル』のように字幕こそ出ないが「NOT THE END」であって、すなわち登場人物たちの今後も続いていく人生の一断面を捉えてラストシーンにしていると思うに至った。
例えば『こわれゆく女』。その直前まで殺すか殺されるかみたいな修羅場を繰り広げていたのに、まるで憑き物が落ちたように寝るための準備をし始めるジーナ・ローランズピーター・フォークのあたふたした様子を捉え続けるラストシーン。
あるいは『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』。命の危機から何とか逃れて、路上で一人佇むベン・ギャザラ。しかしこのままで済むはずもなく、八方ふさがりの状態が何も解消されないまま物語は終わる。
監督二作目の『トゥー・レイト・ブルース(よみがえるブルース)』の結末では、事情があってバラバラになってしまったジャズバンドのメンバーが一堂に会し、主人公が作曲した曲を演奏する。一見大団円のように見えなくもないが、途中で歌うのをやめてしまう歌手のステラ・スティーブンスの表情を見ると、今後彼らが昔のような良好な関係に戻れるとはとても思えない。
何も根本的に解決していないし、この先は何がどうなるのか全くわからないが、それでも彼・彼女らは生きていくしかないーーそしてそのことを肯定するというカサヴェテスの意思表示としての「NOT THE END」の刻印こそが、僕にとっては彼の作品の大きな魅力である。

2023年8月の鑑賞記録

劇場

『ハズバンズ(142分版)』(ジョン・カサヴェテス×ジョナサン・デミ下高井戸シネマ '23・8・12
『To Leslie トゥ・レスリー角川シネマ有楽町 '23・8・13
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・8・20
『オオカミの家(短編『骨』併映)』シアター・イメージフォーラム '23・8・21
『グロリア』(1980)(ジョン・カサヴェテス×ジョナサン・デミ下高井戸シネマ '23・8・22
君たちはどう生きるか』TOHOシネマズ新宿 '23・8・23
『天国か、ここ?』K's cinema '23・8・27
『つぐない 新宿ゴールデン街の女』K's cinema '23・8・28
ロング・グッドバイ』(ロバート・アルトマン傑作選)下高井戸シネマ '23・8・29
『イメージズ』(ロバート・アルトマン傑作選)下高井戸シネマ '23・8・30
『雨にぬれた舗道』(ロバート・アルトマン傑作選)下高井戸シネマ '23・8・31

配信

『Q2:5怪談 - Passengers』フェイクドキュメンタリー「Q」YouTube) '23・8・6

『ハズバンズ』についてのツイートを検索してみると「今のご時世」では認められない「有害な男らしさ」だの「マンスプレイニング」だの「ミソジニー」だのが充満している世にも邪悪な映画、と捉える人もいるようである。確かにそうかもしれない。たぶん『グロリア』だって「今のご時世」からしたら考えられない描写がある、と感じる人もいるのだろう。まあ、そうかもしれない。「ロバート・アルトマン傑作選」の3作品のそれぞれに「今のご時世」的にどうなの?と思う人もきっといるんだろう。まあ、そうかもしれなくもないよなあ。
その時代の流れに沿った映画が作られるのは当然のことだし、現実をより良くしようという意図のもとに作られる映画も在って良いに決まっている。しかし僕個人としては「今のご時世」のことは別にどうでもいいので、そことはできるだけ距離がある映画を今後も観ていきたいと思っています。

2023年7月の鑑賞記録

『カード・カウンター』ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・7・1
『オープニング・ナイト』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・7・17
『こわれゆく女』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・7・17
『フェイシズ』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・7・17
アメリカの影』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・7・19
『DASHCAM ダッシュカム』シネマート新宿 '23・7・25
『ザ・ショック〈2Kレストア版〉』(カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2023)新宿シネマカリテ '23・7・28
ヘル・オブ・ザ・リビングデッド 4Kリマスター版』(カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2023)新宿シネマカリテ '23・7・31

7月は、皆さんご存じの通り、いきなりクソ暑くなり、そのために6月に続いて体調が悪くなってしまって、あまり映画を観に行けず、暑さで頭が回らなくてブログも更新できず。
そんな中、とにかくひどいらしいという噂に惹かれて観に行ったのが『ヘル・オブ・ザ・リビングデッド』。観たら本当にひどかった。いや「ひどい」なんていうありふれた言葉では言い尽くせない。言うならば「虚無」。僕は本作を「虚無映画」と呼びたい。映画監督だとか映画評論家といったプロの方ならば、本作にも何かしら発見があるのかもしれないが、僕ごとき素人にとっては完全なる虚無。怖くもなく面白くもなく、とりたてて画面の中に注視すべきものも何もなく、ひたすらぼんやりと眺め続けるしかない100分間。
しかし、これだけ無意味な映画を観て、時間を完全に無駄にするというのは、もはや逆に贅沢な行為のような気もします。だって今、世間では「コスパ」とか「タイパ」とか、とにかく効率を追求することが美徳だと考える人々が台頭しているらしいじゃないですか。
そういう連中を『時計じかけのオレンジ』のルドヴィコ療法のように映画館の座席に拘束して無理やり本作を鑑賞させたいですね。こんな映画を観させられるくらいなら、同じ100分を使ってあれもできたしこれもできたと数え上げて、血の涙を流して逆上する様をヘラヘラ笑いながら観察してみたいものです。

2023年6月の鑑賞記録

『aftersun/アフターサン』ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・6・21
『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・6・25
『ラヴ・ストリームス』(ジョン・カサヴェテス レトロスペクティブ リプリーズ)シアター・イメージフォーラム '23・6・26

一昨年くらいから、梅雨の時期になると、湿度のせいなのか気圧のせいなのかわかりませんが、とにかく体調が悪くなり、何もする気が起きない状態になってしまうことが多くなりまして、そのため6月は上記の3本しか観てません。いったいどの面下げて映画感想ブログみたいなものをやっているんだという体たらくですが申し訳ありません。
ところで『ラヴ・ストリームス』は恥ずかしながら今回初めて観たんですが、思ったよりキテレツな内容で別の意味で面白かった。「精神的に不安定な女性」を演じさせたら地球史上最高じゃないかと思うジーナ・ローランズが、本作ではどこでも突然倒れてしまう人を演じているんですけど、ボーリング場で投球しようとしてそのままレーンに倒れ込むシーンには不覚にも笑いました。また、夢の中のプールサイドで別れた夫と娘を何とか笑わせようとつまらないギャグをやり続けるシーンも、本当に激寒であるということがツボだった。あと犬が人間に変身したり、唐突にミュージカルが始まったりと監督ジョン・カサヴェテスがやりたい放題なのもイイ。

レッド・ロケット(2021・アメリカ)

監督:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカークリス・バーゴッチ
編集:ショーン・ベイカー
出演:サイモン・レックス/ブリー・エルロッド/スザンナ・サン 他
★★★★☆


全裸中年男性、疾走す

いわゆる「ダメ人間」を主人公にした映画は数多くある。それこそ先日アカデミー作品賞を受賞した『エブリシング~』だって主人公のエブリンは、まあまあのポンコツっぷりだったし、そのエブリンを演じたミシェル・ヨーと『To Leslie トゥ・レスリー』で主演女優賞を争ったアンドレア・ライズボローも予告編で見る限りでは相当ダメな人の役のようだった。
とは言え、本当に手の施しようがないくらいのガチでダメな主人公だったら観客の共感が得られないので、大抵のこの手の作品では主人公のダメ人間設定にフォローが入れられている。「アル中だけど心が優しい」とか「バカだけど純粋」とかね。
ところが、本作の主人公マイキー(サイモン・レックス)には気持ちがいいくらいにひとつも良いところがない。いくらダメ男でもここまでやったらNGだろうというラインを軽々と踏み越えてくる。
一時は売れっ子のポルノ男優だったのが、いろいろと行き詰まってしまった挙げ句、夫婦関係が破綻している別居中の妻の実家に強引に転がり込むという物語の発端からして相当にダメ人間度数が高いのだが、その後、仕事が見つからないからといって大麻の売人になり、近所のドーナツ店でバイトしている女子高生に手を出し……とダメさ加減は悪化する一方。さらに後半に起こるある事故の後の主人公の言動を見たら、誰もが「こいつ最低すぎて引くわ~」と思うだろう。しかし、そこまで最低でもなぜか憎めないという稀有なキャラクターを生み出すことに、この映画は成功している。
もっとも、それは主人公だけではなく、彼の妻もドーナツ店のJKも、その他の登場人物もだいたい本当にダメな奴ばかりなのだが、やはり皆どうにも憎めないという感じがするのである。それは、ひとえに彼・彼女らと等しく距離をとり、そのバカさ加減をことさらに強調するのではなく、かといって「これぞ人間の本当の生き方だ!」などといたずらに称揚するのでもなく、ただ連中の愚かさ、ずるさ、悲しさ、弱さ、滑稽さなど要するに人間的要素を全て平熱で描写することに徹底する本作の監督の姿勢によって生まれる効果なのではないかと思う。
しかし、そんな監督が、突然主人公に寄り添ってしまうのが、彼が深夜、全裸で疾走するシーンである。ある事情から致し方なくフルチンで家の外に逃げ出した彼は、チンコをブラブラさせながら懸命にひた走る。そんなものすごくカッコ悪い彼に、それまで傍観者に徹していたカメラが並走し始める。こんなどうしようもない、救いようがないほどにバカで薄っぺらで最悪の人間性の男だけれど、今この瞬間はこんなに必死になってますよ!その必死さだけは認めてあげてください!と急に語り始めるのだ。
では、主人公は「救われた」のだろうか?いや、本作では誰も救われない。ただ、泥沼みたいにクソな現実の中で、主人公だけが彼なりにあがいてもがいて、ほんの少しだけ突き抜けた瞬間を監督が「掬いあげた」にすぎない。しかし、それは劇中で唯一彼が光り輝いた瞬間だった。この後、もう少しだけ物語は続くのだが、僕としてはこのシーンで終わっても良かったとさえ思う。

※6月6日・10日加筆修正

2023年5月の鑑賞記録

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』シアター・イメージフォーラム '23・5・1
『パッション』(追悼ジャン=リュック・ゴダール映画祭)ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・5・2
カルメンという名の女』(追悼ジャン=リュック・ゴダール映画祭)ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・5・3
『レッド・ロケット』ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・5・10
『食人族4Kリマスター無修正完全版』シネマート新宿 '23・5・12
ゴダールの探偵』(追悼ジャン=リュック・ゴダール映画祭)ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・5・17
ブギーナイツ(無修正版)』立川シネマシティ '23・5・21
『動くな、死ね、甦れ!』早稲田松竹 '23・5・26
殺し屋ネルソン』(初期ドン・シーゲルと修行時代)シネマヴェーラ渋谷 '23・5・28

ブギーナイツ』は、何しろ25年ぶりに観たので、完全に忘れてしまっていた部分もあったんですが、その中でも今回印象に残ったのは、時代の流れに逆らえず、ポルノ映画からビデオに乗り換えたバート・レイノルズが、ローラーガール(ヘザー・グラハム)と車に乗って街を流し、通行人の男を引っかけて車内でセックスさせるという、まるで日本の逆ナンパAVみたいな作品を撮影しようとするシークエンス。引っかかった男がたまたまローラーガールのハイスクール時代の同級生で、ポルノ女優をやっていることをバカにされた彼女が逆上して、その男を泣きながらボコボコにしてしまう……。まあ、何ともやるせない気持ちにさせられるんですが、これがきっかけで高校中退だった彼女が高卒の資格を取るために学校に通い始めるんですよね。主人公だけでなく、こういう登場人物一人ひとりの人生の光と影が描かれているのがこの作品の良さだと思います。