エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(2022・アメリカ)

監督:ダニエル・クワンダニエル・シャイナート
脚本:ダニエル・クワンダニエル・シャイナート
音楽:サン・ラックス
出演:ミシェル・ヨーキー・ホイ・クァン/ステファニー・スー/ジェームズ・ホンジェイミー・リー・カーティス 他
★★★☆☆


たったひとつのありきたりなやり方

本作がアカデミー作品賞を獲ったのには、ちょっと驚いた。だって必死になってアナルに異物挿入しようとする奴や、飼い犬を凶器代わりにブンブン振り回す奴なんかと主人公が戦うシーンがある映画ですよ。他にも下品なギャグが散りばめられているし、よく受賞したなあと思うと同時に、しかし、ある意味で納得できるなとも思う。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

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2023年4月の鑑賞記録

劇場

勝手にしやがれ【4Kレストア版】』キネカ大森 '23・4・3
気狂いピエロ【2Kレストア版】』キネカ大森 '23・4・3
ダンジョンズ&ドラゴンズアウトローたちの誇り』TOHOシネマズ日比谷 '23・4・5
バニシング・ポイント 4Kデジタルリマスター版』シネマート新宿 '23・4・6
『オオカミ狩り』新宿バルト9 '23・4・11
『ザ・ホエール』グランドシネマサンシャイン池袋 '23・4・12
『邪願霊』/『ほんとにあった怖い話』シリーズ全10話(『ほんとにあった怖い話』『ほんとにあった怖い話 第二夜』『新・ほんとにあった怖い話 幽幻界』にて構成)新文芸坐 '23・4・15
『中国女』K's cinema '23・4・23
ショーガール新文芸坐 '23・4・24
『ウイークエンド』(追悼ジャン=リュック・ゴダール映画祭)ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・4・29
『はなればなれに』(追悼ジャン=リュック・ゴダール映画祭)ヒューマントラストシネマ渋谷 '23・4・30

配信

『Q2:4マインドシーカー - MINDSEEKER』フェイクドキュメンタリー『Q』(YouTube) '23・4・23
『シェラ・デ・コブレの幽霊』Amazonプライムビデオ '23・4・28



『オオカミ狩り』はかなり特殊な映画だと思っていて、何が特殊かというと、こういうシチュエーションの映画ならば、普通これをやるだろうということを一切やらないところ。例えば「怪人」が突如乱入してきて大混乱に陥った後、とりあえず警察側と囚人側が一時休戦して協力して立ち向かうとか、唯一良心的な囚人の若者と女刑事との間に淡い恋愛感情が生まれるとか、そういったドラマ要素ゼロ。警察だろうが囚人だろうが、あるいはその他の奴だろうが、とにかく生きてる人間は全員死体に変えますし、その過程だけをたっぷり見せます!という殺人に偏りまくった演出なのに、それで十分面白いんだからすごい。それはともかく邦題は『プロジェクト・ウルフ・ハンティング』の方が良かったよなあ、と個人的には思う。

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地(1975・ベルギー/フランス)

監督:シャンタル・アケルマン
脚本:シャンタル・アケルマン
出演:デルフィーヌ・セイリグ/ヤン・デコルテ/アンリ・ストルク/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ 他
★★★★★


選択肢のない人生の辛さ

僕が子供の頃、夏休みや冬休みになると、母の実家に泊りがけで行くのが恒例になっていて、僕には割と楽しみでした。普段は食べられないものを食べられたり、海が近かったので海水浴ができたりしたし、祖母も大変に優しい人だったし。
しかし、一点だけ、どうにも引っかかるのが祖父のことで、この人、いつ行っても朝から酒を飲んでいるわけです。昼食の時も飲んでるし、夕食の時ももちろん飲む。一日中テレビの前に座ったまま、とにかくずっと酒ばかり飲んでいる。
酒を用意するのも、おつまみを作るのも、もちろん祖母の役目で、僕たちが遊びに行った時には母も手伝う。そんな時の母はけっこう辛辣に、朝から酒ばっかり飲んでいい加減にしろ的なことを言うんですが、祖父には馬耳東風。全く言うことなんか聞きやしない。酒やおつまみが切れると大声でおかわりを要求するだけで、一切何もしない。まあ、ちょっとした暴君ですよ。大声は出すものの祖母に暴力を振るうのは少なくとも僕は見たことはないんですが、母によると祖父が若かった頃は激しめのDVを振るうこともあり、祖母と一緒に逃げだしたこともあったとのこと。
母や僕は一年のうち、せいぜい二、三日くらいしかこういう祖父の醜態に付き合わなくていいから良いようなものの、祖母は毎日毎日、朝昼晩とずっと祖父のために酒やおつまみを用意し続けていたわけです。しかもそれが数十年単位で続いた。そういう生活をしていた祖母の気持ちを想像するだけで、何ともいえない胸が詰まるような気持ちになる。
当時は子供心に「アル中ジジイなんかほっといて、どこかへ逃げ出しちゃえばいいじゃん」と思ったもんですが、いい歳のおっさんになった今では、それをしなかった/できなかった祖母の事情もわかるような気がするんですね。だって知らねえんだもん、家の中のことをきちんとやるっていう生き方以外を。たぶん祖母の世代の女性はほとんどがそうだったんだろうと思います。
で、ジャンヌさんもそういう女性のうちの一人なんだろうと思うんですよ。息子のために飯作ったりとか、買い物行ったりとか、その他こまごました家の中のことは全てきちんとやる。それはできるんだけど、逆に言うとそれしかできない。夫が死んでシングルマザーになった彼女はたぶん遺された財産やら遺族年金的なものだけじゃ生活できなくて、かと言って手に職もないので(これは割合早めに劇中で描写されるのであえて言及しますが)自宅で売春せざるを得なかったということなんでしょう。
他に選択肢がない、家事と売春の日々が延々と続いてきたし、今後も続いていくとしか考えられないのが彼女の人生であり、まあ端的に言って地獄ですよ。だからあんな結末を迎えてしまうのも無理はない。たぶん彼女にとっては破滅であると共に解放でもあったんだろうとラストシーンの虚脱した表情から想像しました。
ところで祖母のその後ですが、20年ほど前に祖父が夜中にトイレで倒れてそのまま亡くなったあと、しばらくして老人介護施設に入所して、約10年前に亡くなりました。そろそろ危ないらしいから会いに行けと母から連絡があり、その翌日に行ったんですが間に合いませんでした。祖母が、祖父や子供の面倒を見るのに明け暮れた自分の人生について、実際どう思っていたのか、それはもう確かめようがありません。

2023年1~3月の鑑賞記録

劇場

『ケイコ 目を澄ませて』テアトル新宿 '23・1・4
『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』早稲田松竹 '23・1・9
『WANDA/ワンダ』早稲田松竹 '23・1・9
ハスラー』(テアトルクラシックス)ヒューマントラストシネマ有楽町 '23・1・13
『イニシェリン島の精霊』TOHOシネマズ新宿 '23・2・1
『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(ドン・シーゲルセレクション)ストレンジャー '23・2・3
『殺人者たち』(ドン・シーゲルセレクション)ストレンジャー '23・2・12
『別れる決心』TOHOシネマズ新宿 '23・2・17/グランドシネマサンシャイン池袋 '23・3・1
『突破口!』(ドン・シーゲルセレクション)ストレンジャー '23・2・19
『銀平町シネマブルース』新宿武蔵野館 '23・2・22
『対峙』シネマート新宿 '23・2・23
『ドラブル』(ドン・シーゲルセレクション)ストレンジャー '23・2・26
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』TOHOシネマズ新宿 '23・3・8
『シン・仮面ライダー』TOHOシネマズ池袋 '23・3・21
『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』新宿ピカデリー '23・3・29

配信

『Q2:1ノーフィクション - Nofiction』フェイクドキュメンタリー『Q』(YouTube) '23・1・1
『Q2:2プランC - PLAN C』フェイクドキュメンタリー『Q』(YouTube) '23・1・15
アンダー・ザ・シルバーレイクGYAO! '23・1・27
『ハープーン 船上のレクイエム』GYAO! '23・2・13
『Q2:3- (basement) - BASEMENT』フェイクドキュメンタリー『Q』(YouTube) '23・2・19
『つぐない 新宿ゴールデン街の女』GYAO! '23・3・3
『UNDERWATER LOVE おんなの河童』GYAO! '23・3・7
ジョン・ウィックGYAO! '23・3・20

やはり『ジャンヌ・ディエルマン~』が圧倒的だったんだが、この映画の主演女優デルフィーヌ・セイリグが、『ドラブル』ではものすごくエロい悪女を演じていて、もちろんこの二本は全然関係はないのだが何か役どころに通じ合うところがあるように思ったりした。

今は亡き「GYAO!」でやっと観た『アンダー・ザ・シルバーレイク』はまったくもって悪趣味で変な映画としか言いようがなく、しかしどうも嫌いになれないというか、むしろ大好きである。主人公はどう考えても狂っているのだが、同時に哀切極まりない人物でもあり、そこがいい。

別れる決心(2022・韓国)

監督:パク・チャヌク
脚本:パク・チャヌク/チョン・ソギョン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:タン・ウェイ/パク・ヘイル/イ・ジョンヒョン/パク・ヨンウ 他
★★★★☆


永遠の容疑者

刑事と容疑者が恋をしてしまう話というのは別に珍しくはないが、こんな奇妙な関係に陥る話というのは、少なくとも僕は観たことがない。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

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マッドゴッド(2021・アメリカ)

監督:フィル・ティペット
脚本:フィル・ティペット
音楽:ダン・ウール
出演:アレックス・コックス 他
★★★★★


俺様の「表現の自由」大満喫映画

僕もTwitterを始めて10年以上経ちましたが、僕がフォローしているアカウントの関心がその方向にあることが多いためか、割と頻繁に「表現の自由」についての話題がTLに流れてきます。最近(といっても昨年の12月)の事例だと、麻雀ゲーム「雀魂」とアニメ「咲-Saki-」とのコラボ広告が「セクハラ」などと批判されて、それに対する批判の声が上がり……というこれまでにもさんざん見てきた状況が繰り返されていた。まあ、そういう広告を見つけては批判する方も、カウンターで批判し返す方も本当にご苦労様ですという感じです。
ちなみに僕は、問題の広告を新宿駅構内で見かけたんですが、特に問題があるとは思わなかった。しかし僕という人間は、例えばその広告が、グラビアアイドルやAV女優が全裸で写っている(ただし局部は巨大な麻雀牌で隠されている)ものだったとしても「問題なし!」と判断するくらいには感覚がマヒしている上にズレているので、そもそもこの手の論争に参加する資格はとてもなさそうです。
しかし、論争には参加できなかろうが「表現の自由」をめぐっていろいろな立ち位置にいる人全てに本作を観てほしいという気持ちはかなりある。なぜなら本作は近年稀に見る“俺様の「表現の自由」大満喫映画”だと思うからです。
思うに商業映画というものは、スポンサーやプロデューサーの意向とか市場調査の結果とかに左右されて、ともすればクリエーターの「表現の自由」は抑圧されがちだろうと思うんです。だが、この作品は違う。巨匠フィル・ティペットが30年かけて(一時中断しながらも)コツコツと、ほぼ自主制作みたいなスタイルで作り上げた作品ですから、恐らく徹頭徹尾、彼自身がやりたいことしかやってない。
しかも少なくとも特撮映画史には必ず名前が残るであろう偉人なのに、世間体とか外野からの批判とか気にしている気配も微塵もない。リミッターを完全に外した想像力を自分の欲望のままに暴走させている。電気椅子みたいな拷問器具に座らされた巨人たちが、電流が流されるたびに痙攣しながら排泄物をドバドバ噴出するとか、頭がおかしい医者っぽいキャラクターが、まだ生きている主人公の腹をメスで切開して両手を突っ込んで内臓を掻き出しまくるとか、下手すりゃ変態扱いされかねない描写の連続。でもやりたいからやるんだよ!という気が狂った気概が感じられる。これこそ「表現の自由」。重ねて言うが「表現の自由」を認める人も認めない人も是非観ろ!