インフィニティ・プール(2023・カナダ/クロアチア/ハンガリー)

監督:ブランドン・クローネンバーグ
脚本:ブランドン・クローネンバーグ
音楽:ティム・ヘカー
出演:アレキサンダー・スカルスガルド/ミア・ゴス/クレオパトラ・コールマン/トーマス・クレッチマン 他
★★★☆☆


人間暴落

 ある国の高級リゾート地に妻と共にやって来た、スランプ中の小説家ジェームズ(アレキサンダー・スカルスガルド)は、彼の小説のファンだというガビ(ミア・ゴス)とその夫と知り合い、4人でドライブに行くことになる。その帰り道に運転したジェームズは誤って地元の男性をはねて殺してしまい、その翌日、彼は逮捕され、この国の法律により死刑を宣告される。ただし、金さえ払えば自分のクローンを製造して、そのクローンを死刑にすることで罪を免れることができると持ちかけられる……。


事故だろうと故意だろうと関係なく、人を殺したら即死刑というのも無茶苦茶だが、ただし自分のクローンで代替できますって、どういう国なの?と思うけれど、死刑と言われちゃ話に乗るしかない。ジェームズは、銭湯の浴槽を思わせる部屋に全裸で入れられ、そこへドロドロした変な液体が注入される。そして何やらサイケな夢を見ている間にクローン完成。何というインスタント感。もしかするとこれまでクローンを扱った作品の中で最も雑なクローン製造描写かもしれない。
しかし、お手軽なわりに、この国で作られるクローンは、本人の人格も記憶も完コピしているという優れもの。その、いわば本当の意味での「もう一人の自分」が死刑に処されるところを強制的に見学させられるはめになるジェームズ。「自分」が殺されるシーンなんか見ていられないのが人情だろうが、どういうわけか恍惚としつつガン見する。いったいその時、彼の中で何が起こっていたのか。


「自分の骨壺」を抱えてホテルに帰ってきたジェームズをガビが待ち受けていた。そして彼女に紹介されたのは、彼女と彼女の夫も含めて過去に自分のクローンを作ることで死刑を免れた数人の男女。いずれも富裕層の彼らは、逆にこの国でなら金さえ払えば何でもやり放題とばかりに、この後ジェームズを巻き込んで派手なご乱行をエスカレートさせる。その過程で殺人を犯し、またしてもクローン製造。そしてクローンの死刑。それさえも仲間内のジョークにしてしまう彼ら。


僕は鑑賞直後は、あまりに雑にクローンが作られるのには、どうも納得できるリアリティに欠けていると思った。しかし、本作ではむしろ雑でなければならなかったのだ。呆れるほど容易く自分と全く同じ人間が作られることによってその価値は暴落する。偽札が世間に出回ると貨幣の価値が下がるのと同じ理屈である。
すると当の本人はむしろ自由になってしまう。自分なんか無価値だとはっきりすることによっていくら堕落してもいいことになってしまう。ガビたちはその「堕落する自由」に耽溺している人々なのであり、ジェームズもまた、「自分」が死刑になるのを見ながら、そのことに気づいたのだ。無価値になることによって得る自由があると。


しかし当然ながら堕落は堕落にすぎないのであって、彼らは人間の最底辺といってもいい存在になる。だが、それはこの国にいる限りのことであり、帰国してしまえば、また元の善良な一市民に戻れるのだと高をくくっている。
クローンを作ろうと作るまいと、この世の人間は皆等しく無価値なのだと知ってしまったジェームズのみが取り残されるラストは哀切だ。