別れる決心(2022・韓国)

監督:パク・チャヌク
脚本:パク・チャヌク/チョン・ソギョン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:タン・ウェイ/パク・ヘイル/イ・ジョンヒョン/パク・ヨンウ 他
★★★★☆


永遠の容疑者

刑事と容疑者が恋をしてしまう話というのは別に珍しくはないが、こんな奇妙な関係に陥る話というのは、少なくとも僕は観たことがない。

※以下、本作の内容に触れておりますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

主人公の刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は夫殺しの容疑者であるソレ(タン・ウェイ)と最初に会った時から、あっさりと恋に落ちてしまう。取調室で一緒に高級寿司を食ったり、張り込みと称して夜中に彼女の部屋を覗き続けたりと、そりゃ相棒の若い刑事にも呆れられますわというデレデレっぷりである。
しかし、刑事であり、既婚者でもある彼には立場的に彼女と不倫関係に陥ることはできない、という意識はかろうじてあって、だから、彼はあくまでも刑事が容疑者に接しているだけだという建前で彼女との逢瀬を重ねる。客観的に見れば、一緒に料理したり、雨の日にデートしたりとかなり不倫っぽい行動もしているのだが彼の中では「いや、自分と彼女はあくまで刑事と容疑者の間柄っすから!」ということになっている。
一方、ソレの方も彼に好意を持つが、もしも彼女がなりふり構わず強引に迫れば、彼女に惚れている彼は結局は陥落するだろうと思われるのに、彼女は彼に対して積極的に一線を超えるようなアプローチを決してしようとしない。なぜなら彼女は、あくまでも生真面目で決して不倫などしない優秀な刑事としての彼にこそ恋をしているからである。不倫関係にはなりたくはないが、彼とは会い続けたい。となれば刑事と容疑者という関係性を保つしかない。
つまり、二人とも刑事と容疑者という関係のままでいることを別々の理由で望んでいるわけで、しかし、この奇妙な「利害の一致」が二人を悲劇に追い込むことになる。
結局のところ、本当は夫を殺していた彼女は容疑者から真犯人になってしまう。しかし彼は、彼女への愛情のために彼女を見逃す。そのうえで今度こそ本当に不倫関係になってしまえれば別の未来もあっただろうが、彼らにはそれは不可能なのだ。
したがって、彼女が再度、彼に接近したいと思った時には、もう一度容疑者になるしかなかったわけである。今回は彼を、二人目の夫の告発から守るために、夫を恨んでいる男が夫を殺すように仕向けるという形で。しかし、その真相もまた彼によって暴かれそうになった時、つまり、またもや容疑者ではなくなりかけた時、そして恐らくは(明確には描かれていないが)殺人を犯した自分を見逃したことにより、自分の存在が彼をこれからも脅かし続けるだろうことを悟った時、彼女は自らを抹消することで、せめて「永遠の容疑者」として彼の心に自分の存在を刻み込む道を選ぶ。
これはありふれた不倫関係を選ぶことができなかった女と、その彼女の真意をついに理解できなかった男の悲しい物語なのである。

※4月4日加筆修正