レッド・ロケット(2021・アメリカ)

監督:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカークリス・バーゴッチ
編集:ショーン・ベイカー
出演:サイモン・レックス/ブリー・エルロッド/スザンナ・サン 他
★★★★☆


全裸中年男性、疾走す

いわゆる「ダメ人間」を主人公にした映画は数多くある。それこそ先日アカデミー作品賞を受賞した『エブリシング~』だって主人公のエブリンは、まあまあのポンコツっぷりだったし、そのエブリンを演じたミシェル・ヨーと『To Leslie トゥ・レスリー』で主演女優賞を争ったアンドレア・ライズボローも予告編で見る限りでは相当ダメな人の役のようだった。
とは言え、本当に手の施しようがないくらいのガチでダメな主人公だったら観客の共感が得られないので、大抵のこの手の作品では主人公のダメ人間設定にフォローが入れられている。「アル中だけど心が優しい」とか「バカだけど純粋」とかね。
ところが、本作の主人公マイキー(サイモン・レックス)には気持ちがいいくらいにひとつも良いところがない。いくらダメ男でもここまでやったらNGだろうというラインを軽々と踏み越えてくる。
一時は売れっ子のポルノ男優だったのが、いろいろと行き詰まってしまった挙げ句、夫婦関係が破綻している別居中の妻の実家に強引に転がり込むという物語の発端からして相当にダメ人間度数が高いのだが、その後、仕事が見つからないからといって大麻の売人になり、近所のドーナツ店でバイトしている女子高生に手を出し……とダメさ加減は悪化する一方。さらに後半に起こるある事故の後の主人公の言動を見たら、誰もが「こいつ最低すぎて引くわ~」と思うだろう。しかし、そこまで最低でもなぜか憎めないという稀有なキャラクターを生み出すことに、この映画は成功している。
もっとも、それは主人公だけではなく、彼の妻もドーナツ店のJKも、その他の登場人物もだいたい本当にダメな奴ばかりなのだが、やはり皆どうにも憎めないという感じがするのである。それは、ひとえに彼・彼女らと等しく距離をとり、そのバカさ加減をことさらに強調するのではなく、かといって「これぞ人間の本当の生き方だ!」などといたずらに称揚するのでもなく、ただ連中の愚かさ、ずるさ、悲しさ、弱さ、滑稽さなど要するに人間的要素を全て平熱で描写することに徹底する本作の監督の姿勢によって生まれる効果なのではないかと思う。
しかし、そんな監督が、突然主人公に寄り添ってしまうのが、彼が深夜、全裸で疾走するシーンである。ある事情から致し方なくフルチンで家の外に逃げ出した彼は、チンコをブラブラさせながら懸命にひた走る。そんなものすごくカッコ悪い彼に、それまで傍観者に徹していたカメラが並走し始める。こんなどうしようもない、救いようがないほどにバカで薄っぺらで最悪の人間性の男だけれど、今この瞬間はこんなに必死になってますよ!その必死さだけは認めてあげてください!と急に語り始めるのだ。
では、主人公は「救われた」のだろうか?いや、本作では誰も救われない。ただ、泥沼みたいにクソな現実の中で、主人公だけが彼なりにあがいてもがいて、ほんの少しだけ突き抜けた瞬間を監督が「掬いあげた」にすぎない。しかし、それは劇中で唯一彼が光り輝いた瞬間だった。この後、もう少しだけ物語は続くのだが、僕としてはこのシーンで終わっても良かったとさえ思う。

※6月6日・10日加筆修正