ドッグ・イート・ドッグ(2016)

製作国:アメリ
監督:ポール・シュレイダー
脚本:マシュー・ワイルダー
出演:ニコラス・ケイジウィレム・デフォー/クリストファー・マシュー・クック/ポール・シュレイダー 他
★★★★☆


犬なら普通のこと

今時、こんなに花のない映画を作れたことにまずは驚きました。ニコラス・ケイジウィレム・デフォーと、僕はよく知らないハゲ(クリストファー・マシュー・クック)のむさくるしいおっさん3人組が主役で、ヒロインは無し。エロいシーンはニコケイが売春婦を買うところだけという潔さ。
しかも映画が始まって5分かそこらで、いくら犯罪映画でもそれはダメだろうという行為をウィレム・デフォーがあっさりやってしまうのを観て、これは何だか知らないがただの映画じゃない、もし興収を気にするならむしろ入れるべきでないところに異様に気合が入っている映画だなと直感しました。そしてその後の展開を見れば案の定、女性や若者にウケそうな要素はゼロ。僕のようなひねくれたアクション映画好きの中高年しか喜ばないような、まさに無駄な気合の入りまくったハードかつ陰惨な描写が最後まで続出します。
話自体は昔からよくある、犯罪者たちが自滅するまでのいきさつを描いたものですが、かつて多くの映画で描かれた悪党たちの「滅びの美学」のようなものはかけらもなく、そもそも思い返してみれば本作の監督であるポール・シュレイダーが脚本を担当した『タクシードライバー』だって、デ・ニーロは結局かっこよく死ぬことはできずに終わる訳ですから、彼は当時から一貫して、そんな「美学」などありはしないと考え続けてきたのかもしれません。
「美学」こそないんですが、そのかわりにポール・シュレイダーは、このどうしようもなく最低・最悪な男たちの心の底に潜む「人間らしさ」を拾い出してみせます。
それは、ウィレム・デフォーがハゲに、自分がこの映画の冒頭でやった最悪の行為を告白する際に言葉にされる「真っ当な人間」へのあこがれや、ハゲがカジノのバーで知り合った女に漏らす刑務所あがりの人間の哀しみについてのぎこちない言葉や、ニコケイがおそらく死ぬ直前に見た幻影と思われるラストのシークエンスでの諦念に満ちたつぶやきにかすかですが確実に表れているのです。
犬のクソにも劣る、無価値な、死んだほうがマシだろうと誰もが思うような奴でもやはり「人間」なのだということをポール・シュレイダーは観客にさりげなく提示します。それがこの作品の最も素晴らしいところだと僕は思います。


注:なお、今回のタイトル「犬なら普通のこと」は、何となくこの映画とテイストが似ていると思ったもので、矢作俊彦司城志朗共著の小説の題名から拝借しました。沖縄での生活に飽き飽きした中年のヤクザが人生の逆転を賭けて舎弟と共に、自分が属する暴力団から金を強奪しようと悪戦苦闘する物語です。

※2023年10月29日加筆修正