扉をたたく人

9・11の深い傷痕

監督:トム・マッカーシー
脚本:トム・マッカーシー
音楽:ヤン・A・P・カチュマレク
出演:リチャード・ジェンキンス/ヒアム・アッバス/ハーズ・スレイマン 他
ストーリー:コネティカット州の大学で教鞭を執る62歳の経済学教授ウォルター(リチャード・ジェンキンス)は、妻の死後、心を閉ざしたまま孤独に生きてきた。ある日、学会出席のためニューヨークへ赴き、別宅のアパートを訪れた彼は、勝手に住み着いていた見ず知らずの若い移民のカップル・タレク(ハーズ・スレイマン)とゼイナブ(ダナイ・グリラ)と出会う。グリーンカード(永住許可証)を持たないために国外追放になるのを恐れ、素直に退去しようとする2人を見過ごせなかったウォルターは、しばらくの間、部屋に泊めることにする。


あまりにも良質な映画だと、ほとんど何も書くことが見つからず、レビューが短くなる傾向が、僕にはある(あまりにもどうしようもない駄作でも同様)。本作は、本当に誰にでも胸を張って薦められる良い映画なので、語ることはあまりない。
それでもあえて書くならば、「9・11」がアメリカ人に与えた傷は、僕たちが想像する以上に深かったのだという事実が、本作を観るとよくわかるということが特筆しておくべき事柄だろう。とにかく彼らは、いまや外国人が恐ろしくて仕方がないのだ。タレクは、その恐怖から生まれた過剰な警戒心の犠牲になってしまう。この映画にわかりやすい「悪人」は登場しない。にもかかわらず罪もない人間の人生が台無しにされてしまう。
この不条理に対して、ラストシーンでウォルターが激しく打ち鳴らすジャンベは敢然と「NO」を突き付ける。それは、この暗いアメリカの現実の中に灯された、小さな希望の光のようだ。
ウォルターを演じたベテラン俳優リチャード・ジェンキンスは、本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。本当にどこにでもいるようなありふれたオヤジにすぎなかった彼が、タレクによってジャンベの手ほどきを受けるにしたがって、どんどん活き活きと変化していく。その過程もまた、この映画の見どころである。