あなたを待っています(2016)

製作国:日本
監督:いまおかしんじ
脚本:いまおかしんじ
音楽:オシリペンペンズ
出演:大橋裕之/山本ロザ/守屋文雄/姫乃たま 他
★★★☆☆


人が死なない『タクシードライバー

僕は『タクシードライバー』という映画が大好きなんですが、具体的にどこが好きかというと、主人公・トラビス(ロバート・デ・ニーロ)の、世間とのズレ具合ですね。惚れた女とデートにこぎつけたというのにポルノ映画に連れて行くっていうチョイスとか、ジョディ・フォスター演じる娼婦との噛み合わなさとか。でもトラビスとしては正しいのは自分で世の中の方が間違ってる訳です。そこが良い。
で、本作なんですが、基本的に『タクシードライバー』と同じ話なんですね。暴力的な要素のない『タクシードライバー』とでもいいましょうか。本作の後半、主人公・西岡(大橋裕之)がレイバンのサングラスをかけるシーンがあって、これは絶対、大統領候補暗殺に向かう時のトラビスのオマージュだと確信しています。
さて、西岡は、来るべき大震災とそれによる原発事故の発生を恐れるあまり、一日も早く東京を脱出するべく、体調を崩してひっきりなしにゲロを吐いたりしながらも無理をしてバイトに励んでいる青年なんですが、そんな彼が、夫に捨てられて以来「あなたを待っています」と書いたプラカードを首からさげて駅前で立ち続けるようになったヒロイン・ヨシコ(山本ロザ)と出会うところから物語は始まります。
まあ、「普通」の人の目から見たら、ふたりともまともではない、頭のネジがちょっとゆるんじゃってる人たちに見えることでしょう。しかし、本当におかしいのは誰なんでしょうか。
関東地方で巨大地震が起こることは、ほぼ確実であると何十年も前から言われています。そんな怪しげな大地の上で、のほほんと日常をやっていられる人々(もちろん僕も含まれます)、あるいは愛する配偶者に捨てられても頭がおかしくもならずにがんばって社会人をやっていられる人々(こっちは経験がないから僕も含まれるかどうかはわからない)の方が実は狂っているんじゃないだろうか? 西岡とヨシコが繰り広げるなんともたどたどしい「純愛」ドラマを観ているうちに、そういう考えが立ち上がってくるのです。『タクシードライバー』を観たあとに、狂っているのはトラビスなのか、彼を取り巻く世界なのかという疑問が湧いたように。
結局、最後まで自分の信念を曲げずに、リヤカーを引いて秋田の山奥を目指す西岡の姿が、いつしかイエローキャブを転がすトラビスの孤高の姿に見えてくる…というのはいくらなんでも言いすぎですが、しかし、あの作品のスピリットは確実に受け継いでいる佳作だと思います。