見えない目撃者 (2019)

製作国:日本
監督:森淳一
脚本:藤井清美/森淳一
音楽:大間々昂
出演:吉岡里帆高杉真宙大倉孝二田口トモロヲ國村隼松田美由紀 他
★★★★☆


座頭市」ミーツ「羊たちの沈黙

※ストーリーに触れていますので、未見の方は鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。


女優・吉岡里帆主演なのに「座頭市」ってことはないだろうと自分でも思いますが「目が見えないというハンディキャップを持ちながら健常者よりも活躍する主人公」の代名詞として「座頭市」しか思いつかなかったんだから仕方がない。もしかしたら最近のドラマとか漫画とかには、ここで言及するのにもっと相応しい盲目のヒーローあるいはヒロインが存在するのかもしれませんが、ちょっとその辺の事情がアップデートできていなくてわからないのですみません。
ところで吉岡里帆と言えば、「(主演ドラマが視聴率的に)爆死女優」などという呼ばれ方をしているのをネットニュースの見出しで見かけましたが、この映画を観た限りでは、そんなひどいことを言われなきゃならないような人には見えなかった。むしろ全然ちゃんとした女優じゃないかと僕には思えました。とは言っても僕が言うところの「ちゃんとした女優(あるいは男優)」というのは、例えば刑事を演じていたら、ちゃんと刑事に見えて、犯罪者を演じていたら、きっちり犯罪者らしく見える、という程度の素人目線に基づくもので、その基準からして彼女はしっかり「視力を失った元警察官」に見えた、だから僕としては問題ないということです。
そして彼女が追跡することになる連続殺人犯役の俳優もまた、僕の基準からすれば実に好演していた。また、この種の映画では主人公の前に立ちはだかる悪役を如何に手ごわい相手に設定するかがキモだと思うんですが、その点ではこの人物の造形は非常に良かった。何しろ女子高生ばかり選んで容赦なく残虐な手段で殺害するという完全な異常者でありながら、警察をミスリードする策略家としての面も持っているという『羊たちの沈黙』のレクター博士や『セブン』のジョン・ドゥみたいなタイプの厄介極まりない奴で、しかし彼らほど異常者なりの論理を持ち合わせているわけでもない。一応ある法則に則った「見立て殺人」としての犯行を重ねているんですが、終盤ではあっさりとその法則を放棄してしまう。要するに単に訳もなく人を殺したいだけの人間なんですね。
これだけでも恐怖を感じるほどの強敵感があるのに、何故そういう人間になったのかという説明など一切せず、その代わりにある人物の証言により「ああ、こいつは理由はわからないけど本当にヤバい奴なんだ」ということが一発でわかるという演出によって単なる異常者から怪物的存在にグレードアップさせたのには唸った。そのとんでもない怪物と、目の見えない女性が対決する羽目になるんですから、これは否が応でもスリリングにならざるを得ないわけです。
で、その対決シーンなんですが、もうこれ以上のシチュエーションは考えられないと思う。まさにタイトルに掲げた『羊たちの沈黙』のクライマックスを連想させる最高のシーンになっており、吉岡里帆ジョディ・フォスターにオーバーラップして見えました、というのはさすがに言いすぎとしても本当に素晴らしかった。でも、そこに至るまでの過程に少々無理があるよなあとも鑑賞後に振り返ってみて思いました。恐らく『踊る大捜査線』以降、警察官は余程のことがないと単独で行動はしないという実状が知れ渡ってしまったし、盲目の女性と相棒の男子高校生の二人だけで連続殺人犯のアジトに突入というのは、やはり無謀だし、どうにもリアリティに欠けてはいる。
かと言って、どうやればリアリティを損ねることなく、スムーズにあの場に吉岡里帆を立たせることができるのか。これはかなりの難問です。まあ観ている間は気にならなかったですから、とりあえずの正解だったのかなあとは思います。