新聞記者(2019)

製作国:日本
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子『新聞記者』(角川新書)/河村光庸
脚本:詩森ろば/高石明彦/藤井道人
音楽:岩代太郎
出演:シム・ウンギョン/松坂桃李/本田翼/岡山天音北村有起哉田中哲司 他
★☆☆☆☆


その拍手はどこに向けられていたのか

僕はこれまで度々書いてきたように、ストレス解消のために、意味もなく大量に人が死にまくるような映画ばかり選んで観たりしている、およそ上品とは言い難いタイプの映画ファンです。ですから、「現在進行形の政府への疑惑をモデルにしたポリティカル・サスペンス」であるところの本作みたいなスキャンダラスな作品も大好物ですし、終映後に客席から拍手が湧いたという記事も見かけたので、何だか面白そうだなと少々期待して観に行ったのでした。以下ネタバレあります。



さて、いきなりネタバレすると、本作は最終的には、特区に誘致した大学の実験施設と見せかけておいて、実は生物化学兵器を製造するための施設を政府が作ろうと画策していたという陰謀を巡る話になります。まあ荒唐無稽もいいところですが、僕としてはそれはそれで全然かまわなくて、だいたい政府が大衆を騙してとんでもない悪事を働く話なんて珍しくも何ともないし、どんなに非現実的な陰謀でも、観客に「これならもしかするとあり得るかもしれない」と思わせるだけのリアリティを獲得できれば、映画としては勝ちだからです。そのために現実に起こっているいくつかの事件をベースにストーリーを組み立てるというのも方法論としてはアリだと思う。実際、始まって早々にどこかで見たような官僚のスキャンダルや、どこかの記者のレイプ疑惑などをいやでも想起させる事件が続けさまに描かれるあたりでは「なかなか攻めてるなあ」と思わされました。
それらの事件をめぐる世論を政権側に有利に誘導するために、本作中では「内閣情報調査室」という組織が暗躍するんですけど、その「内調」がどうやって情報操作をしているのかというと、異常に薄暗い照明の下にズラッと並んだPCのモニターの輝きだけがやけに目立つ、あからさまに怪しすぎる部屋の中で、松坂桃李も含めた官僚たちが直々に、ひたすらツイッターフェイクニュースをネットに垂れ流す作業に、主に勤しんでいるわけです。そして、どんなに外部に漏れたらヤバいフェイクニュース発信命令でもご丁寧に必ずプリントアウトして部下に手渡す上司役の田中哲司。この時点で「あ、これはリアリティがヤバすぎる」と思いました。もちろん悪い意味で。
そりゃ、もしかしたらネットを駆使してデマを流すという地道な仕事も内調の方々は手掛けているのかもしれない。知らんけど。でも、いくら何でも自分たち自身ではやらないんじゃないでしょうか? それにいちいちペーパーで命令を伝達するのも情報セキュリティ的にいかがなものなんでしょうか。
そして、この「内調」と対峙することになる主人公の新聞記者(シム・ウンギョン)なんですが、この人も取材もしないで自室でツイッターばっかりやってるようにしか見えない。刑事と同じで現場に出て駆けずり回るのが新聞記者だと思っていたんですが、最近は違うんでしょうか。それに、日本に生物化学兵器の施設を作るなどというウルトラスーパースキャンダルの取材を彼女一人に任せといていいのか? 新聞社内に取材チーム作ったり、弁護士とか専門家とかに相談したりしないの? これまたどうにもリアリティが感じられないんですよね。あと彼女がツイッターやってる時、必ずそばにあるTVに望月衣塑子氏と前川喜平氏が出演している番組が映っているのもなんか妙だなあと思いました。
そして極め付けにリアリティが皆無だと思ったのは、松坂桃李が、問題の施設の決定的な証拠となる書類を探すために、計画に関わっている官僚の部屋に入り、机の引き出しに隠してあるのを発見するシーンです。もう、ここで「バカか!」と叫んだ(心の中で)。そんな超重要書類を鍵もかかってない自室のデスクの引き出しに入れとくか? しかも書類を綴じたファイルには、ご丁寧に問題の書類のタイトルがデカデカと書かれている!
……といったわけで、この作品、「生物化学兵器を日本政府が密かに製造しようと企んでいた」という大嘘を成立させるために、いかに主人公側と内調側のそれぞれにリアリティを付与するかという点に頭を使った形跡が全然見られないんですよ。だから僕には、この作品には拍手するような要素は微塵も見いだせなかった。本作を観て拍手した人たちは、一体何を思って、誰に、あるいは何に向けて拍手したのか? それにはちょっと興味あるな、と思いましたが。