旅のおわり世界のはじまり(2019)

製作国:日本/ウズベキスタン
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
音楽:林祐介
出演:前田敦子加瀬亮染谷将太柄本時生/アディズ・ラジャボフ 他
★★★☆☆


前田敦子は一人で歩く

日が落ちかけたウズベキスタンの路地裏を、とっくに道に迷ってしまっているのに、とにかく前へ前へと進み続ければホテルへ帰ることができるのだという不可解な確信を抱いているかのように、ひたすら速足で、前田敦子は歩いていく。カメラはその姿を追い続ける。一心不乱に歩き続ける前田敦子の後ろ姿。本作で最も印象に残ったのは、このシーンです。
初めて訪れた異国の地で一人で行動するというのは、男性でも躊躇したっておかしくない。しかし前田敦子は迷わない。どこへでも一人で出かけて行く。TV番組のレポーターである彼女以外の取材クルーは全員男性なんだけれども、彼女は彼らに決して頼ろうとしない。そして、仕事の過程で食べたくもないものを食べさせられ、やりたくもないことをやらされても彼女は愚痴ひとつこぼさない。それはレポーターという仕事をしている彼女のプロ意識から来ているように一見見えなくもないけれど、実はそういうことではなく、彼女は徹底的に「閉じてしまっている」んですよ。取材クルーに対して、ウズベキスタンの人々に対して、要するに世界に対して自分を閉じてしまっている。彼女が唯一心を開くのは、東京にいる恋人に対してだけです。
こういう書き方をすると、すごく頑なな感じがするし、実際そういう人物にも見える。でも本当は歌手になりたいという夢を抱きつつ、実は不本意な仕事に甘んじている彼女にとっては「世界に対して自分を閉じる」というのはいわば自我を守るための「処世術」であり、そういう生き方を選ばざるを得ない彼女に共感する人は男女を問わず、少なからずいるんじゃないでしょうか。ていうかまさに僕もその一人だったわけなんですが。
だからこそ、ラストで彼女が、まさに世界に対して自分を解放する姿が映し出された時、なんかもう素直に「ああ、良かったなあ」と思ってしまった。と同時に黒沢清ってこんな映画も撮れるんだなあという感嘆の念も湧きました。