アクアマン(2018)

製作国:アメリ
監督:ジェームズ・ワン
脚本:デヴィッド・レスリー・ジョンソン=マクゴールドリック/ウィル・ビール
音楽:ルパート・グレグソン=ウィリアムズ
出演:ジェイソン・モモアアンバー・ハードウィレム・デフォーニコール・キッドマン 他
★★☆☆☆

アトランティスから来た「ザ・松田」

「ザ・松田」とは何年か前まで「別冊漫画ゴラク」で連載されていた、平松伸二先生の作品で、ちょっとググっていただければおわかりのように、かなりどうかしているマンガです。主人公はかつて「ブラック・エンジェルズ」という作品の登場人物だった松田鏡二というキャラクターなんですが、「ザ・松田」では、何故か超人的な存在にランクアップ。ナイフで刺されてもガムテープを貼って即席治療、機関銃の銃弾を素手で片っ端から叩き落とし、震災で曲がってしまった東京タワーを力ずくで元に戻す。そういった、いくらマンガだからって荒唐無稽すぎる荒業を平然とこなす松田さんに対して、作中の人物だけでなく読者もまた「なんで?」と思うところでしょうが、松田さんの答えはいつも「いんだよ、細けえ事は!」。この一言で全てを片付けてしまう。特に理由もなく不死身だしスーパーパワーの持ち主なんだけど、それがどうした?と完全に開き直っている訳です。
この「ザ・松田イズム」に溢れた前代未聞のアメコミ映画が『アクアマン』だと僕は思うんですよ。もちろん本作の監督も脚本家も「ザ・松田」を読んでいるとは考えられない。それなのに、ほぼ同じノリの作品になってしまった。まさに奇跡の偶然です。
まず主人公のアクアマン(ジェイソン・モモア)が、ほぼ「ザ・松田」です。グレネードランチャーで胸を直撃されてもかすり傷程度のダメージだし、原子力潜水艦を一人で海中から海面まで持ち上げるし、飛行機からパラシュートなしで落下しても「うわー面白かったー」で済ませて大笑い。いくら海底人と人間のハーフだからといってもデタラメすぎる超人加減です。
作品の世界観のガバガバな感じも「ザ・松田」っぽい。例えば場所の説明のテロップを「インド洋のどこか」や「サハラ砂漠のどこか」で済ませるアバウトさとか、主人公は素顔を一切隠さずヒーロー活動しているのに、ごくごく身近な人間にしか身バレしていないというリアリティの欠如とかを見ると、まさに「いんだよ、細けえ事は!」で済ましてんなあ、と思う。
何故こういう作品になったのか。2000年以降、アメコミ原作映画は「ダークナイト三部作」に代表されるように「細けえ事」を突き詰めることによってリアリティを獲得しようとしてきたんじゃないかと思うんですが、それへの逆張りとして「いんだよ、細けえ事は!」と叫んだのが本作なのかなあという気はします。アバウトでもリアリティなんかなくても、とにかく面白けりゃいいじゃん、というね。そしてこれはこれで面白いと思う人の気持ちもわかる。残念ながら僕にとってはあまりにもデタラメすぎてついていけなかったんですが。

ミスター・ガラス(2018)

製作国:アメリ
監督:M・ナイト・シャマラン
脚本:M・ナイト・シャマラン
音楽:ウェスト・ディラン・ソードソン
出演:ジェームズ・マカヴォイブルース・ウィリス/アニャ・テイラー=ジョイ/サミュエル・L・ジャクソン 他
★★★☆☆


コミック雑誌なんかいらない」とミスター・ガラスは言った

※『アンブレイカブル』、『スプリット』、『ミスター・ガラス』の、それぞれの内容に触れておりますので、未見の方は鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

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サスペリア(2018)

製作国:イタリア/アメリ
監督:ルカ・グァダニーノ
脚本:デヴィッド・カイガニック
オリジナル脚本:ダリオ・アルジェント/ダリア・ニコロディ
音楽:トム・ヨーク
出演:ダコタ・ジョンソンティルダ・スウィントン/ミア・ゴス/クロエ・グレース・モレッツジェシカ・ハーパー 他
★★★☆☆


ホラー映画版「ガラスの仮面

1977年、ベルリンにある「つきかげ・ダンス・カンパニー」に、アメリカからオーディションを受けにやってきた北島マヤダコタ・ジョンソン)。振付師の月影千草ティルダ・スウィントン)は彼女の圧倒的な才能を見抜き、入団を許可する。以後、月影先生の指導の下、さらに才能を開花させたマヤは、ついに「紅天女」…じゃなかった「紅魔女」の主役をゲット。そして本番では完全に魔女と化して、カンパニー全員を屈服させるのであった…。
いったい何を書いているのかさっぱり理解できない人もいるでしょうが、こういう話だったんだから仕方がない。「サスペリア」観に行ったら「ガラスの仮面」だったということなんですが、しかし何故こういうリメイク作となったのか、僕なりには理解できる気がするんです。
演劇にしろ舞踏にしろ、パフォーマーは現実に存在しないもの(者/物)を自らの肉体で表現する才能が要求されるものだと思うんですが、本作に登場する舞踏団の真の目的を考えれば、その才能に長けた人物を求めることは理にかなっているわけです。ただ、選ばれたその人物が予想を遥かに(斜め上に)超えて凄すぎた、というオチに持っていったその理由については、これは正直申し上げてさっぱりわからんと言うしかない。このオチ含め、怖いか怖くないかで言えば全然怖くないんですが、なかなか興味深いところもあり、怖くないからつまらんと容易に切り捨てることもできない。どうにも困惑させられた映画でした。

マイル22(2018)

製作国:アメリ
監督:ピーター・バーグ
脚本:リー・カーペンター
音楽:ジェフ・ルッソ
出演:マーク・ウォールバーグ/ローレン・コーハン/イコ・ウワイス/ジョン・マルコヴィッチ 他
★★★☆☆


因果は巡るよ、どこまでも

アバンタイトルで、さっそくCIAの秘密部隊「オーバーウォッチ」の、マーク・ウォールバーグが率いる実働チームが、ロシアのテロリストのアジトを急襲する様が描かれるんですが、これが燃える。ジョン・マルコヴィッチが統括する後衛チームが無人攻撃機とネットを駆使してバックアップする中、秒刻みで進行する作戦。後衛チームは、恐らくウォールバーグたちの体内に埋め込まれたチップによって呼吸数や心拍数をモニタリングし、それと同時にアジト内に仕掛けられたカメラや無人攻撃機からの映像によって作戦の進行状況をリアルタイムで把握。さらに現場で採取したテロリストたちの歯形や指紋から個人情報をピックアップしたり、彼らによってアジトを爆破されると周辺の住人の通報を傍受したりと、あとは各メンバーが電脳化したら、もう完全に「攻殻機動隊」ですやん、というハイテクぶりを見せつけられて圧倒されました。いや、これがどこまでリアルなのかはわかりませんが、何しろこの手の作品ばかり手掛けてきたピーター・バーグですから、案外マジにこうなのかもしれないと思わせます。
で、本筋なんですが、アジアの架空の国を舞台に、「オーバーウォッチ」が再び召集され、CIAが行方を追っていた、大規模なテロを可能にする放射性物質セシウムの在処を知る男であるイコ・ウワイスの護送作戦が開始されることになる。目指す空港まではわずか22マイル(約35㎞)。しかし自らの命を惜しまずにイコ・ウワイスを殺そうと迫ってくる無数の敵に行く手を阻まれ、チームの面々は次々に殉職。頼みの後衛チームも異国が舞台のためか、いまいち役に立たない。果たしてマーク・ウォールバーグは任務を果たせるのか?という展開になります。
ところが最後の最後でどんでん返しが起こり、完全にマーク・ウォールバーグも観客も騙されていたことが判明するんですね。もちろん、どのように騙されたのかについては言及しませんが、こういうオチに持っていったピーター・バーグの意図は何なのかと考えると、それは実は「憂国」ということではないかと思われるんですよ。
実際、アメリカは本作中の「オーバーウォッチ」のようなハイテクノロジー・バイオレンスでもって、アフガニスタンイラクなどでアメリカに歯向かう奴らを片っ端からぶん殴っているわけじゃないですか。で、その結果として、あの9・11のように振るった暴力がそのまま自分に返ってくるかもしれないわけです。だから殴り続けるだけじゃ根本的な解決にはならないのは、もはや自明なのにいったい俺たちは何をやっているんだ?というピーター・バーグの焦燥感が感じられる、そんな作品でした。

ヘレディタリー/継承(2018)

製作国:アメリ
監督:アリ・アスター
脚本:アリ・アスター
音楽:コリン・ステットソン
出演:トニ・コレット/アレックス・ウォルフ/ミリー・シャピロ/ガブリエル・バーン 他
★★☆☆☆


この映画を観ている間の僕の脳内を描写してみた

※ストーリーに触れていますので、鑑賞後にお読みいただくことをお勧めします。

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ボヘミアン・ラプソディ(2018)

製作国:イギリス/アメリ
監督:ブライアン・シンガー
脚本:アンソニー・マクカーテン
音楽:ジョン・オットマン
音楽監修:ベッキーベンサム
エグゼクティブ音楽プロデューサー:ブライアン・メイロジャー・テイラー
出演:ラミ・マレック/ルーシー・ボーイントン/トム・ホランダーマイク・マイヤーズ 他
★★★☆☆


頭を振って、足を踏み鳴らせ

最初に断っておくと、僕は「クイーン」と言えば「空耳アワーでよくネタにされるバンド」および「CMによく楽曲が使われるバンド」という印象しか持っておらず、どう考えてもファンとは言い難い人間なんですが、そんな奴が何故この作品を観たのかといえば、すごくウケてるからです。なんでまたそんなにウケているのか、純粋にその理由が知りたかった。
で、実際に観て感じたのは、これはものすごく「応援上映」に向いている作品だということです。作品の在り方としては『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)に限りなく近いのではないかと思った。ただ『ロッキー〜』においては、自然発生的に「応援上映」的な鑑賞スタイルが出来上がり、広まっていったわけですが。本作は、まるで最初から「応援上映」ありきで作られたかのように見える。もちろん制作者側にそのような意識があったわけもなく、「ストーリーの展開ごとに絶妙に歌詞がリンクしているクイーンの曲を挿入する」という音楽の付け方、そしてクライマックスが「ライブ・エイド」のライブ・シーンであることから、期せずしてそうなったということなんでしょう。
要するに一緒に歌ったり、頭を振ったり、足を踏み鳴らしたりしたいという欲望をすごく喚起する映画なので、未見の方は是非「応援上映」回のチケットを取って、存分に楽しむのが最適なのではないか、ということで。